円城塔 『これはペンです』 (新潮社)

これはペンです

これはペンです

両親は、この街で出会いを遂げた。
「妻とはこの街で出会ったのです」
この文の意味は、と何故か父は続けてみせた。
「記憶の構築の仕方、です」
この文の意味は、と何故か父は更に続ける。この文の意味は、と憑かれたように次々続ける。「同じ川、となります」「それは、妻を読む、ということです」「つまり見失うことを意味します」「結局、良い夜、を意味するのです」。
そうしてこの文の意味は結局、
「妻とはこの街で出会ったのです」
となるのです。誰にも理解の及ばぬ理屈で、父は満足気に締め括ったということだ。
「それらの全てを使ってようやく、妻とはこの街で出会ったという意味をなすのです」

良い夜を待っている

芥川賞候補作となった表題作「これはペンです」と,それと対になる「良い夜を持っている」の中篇二編を収録.前者は擬似論文生成プログラムで作った手紙を送り続ける叔父と姪.様々な手段で手紙を書く二人のやり取りは意地の張り合いのような知恵比べのような,どこかユーモラスな読み心地.後者は都市を利用して単語を記憶していた不器用な超記憶力の持ち主だった父と息子.父がつくった記憶の都市が,幻想的に浮かぶ.言葉をめぐるどこかユーモラスで優しい物語でした.