- 作者: 松崎有理
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/09/29
- メディア: 単行本
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「これですか」紙面の数式をながめ、また相手に視線を戻す。
代書屋ミクラの幸運
「そう、それ。一種の非線形方程式です」社会学研究者はうなずいた。「幸運不運の発生は複雑で予測不能にみえるが、じつは無作為ではなく非線形なふるまいをする。だから短期的な事象については予測が可能なのです」
彼はたどたどしく、はかせってなんなの、とたずねる。
へむ
「博士号を持ってるひとのこと。研究するための免許ね」彼女はふたりの子供をうながして丸椅子につかせ、自分は食器棚のほうに歩いていった。「でも、博士号なんて足の裏にひっついた飯粒だよ。とらなくちゃ気持ち悪いけど、とったところで食えやしない」
よくわからなかった。
第 1 回創元SF短編賞受賞作を含む,デビュー短編集.いずれも北の大学(モデルは東北大学)を舞台にしており,どっかしらゆるいつながりのある連作短篇集になっている.
表題作の「あがり」は短編小説のお手本のようなキリッとした起承転結が気持ちいい.「ぼくの手のなかでしずかに」は,このアイデアから生まれうるエッセンスをギュッと凝縮したような,なんとも言えない気持ちになる短篇.「代書屋ミクラの幸運」は,論文を代書する稼業を営むミクラを見舞った不幸と幸運の話.単体で読むと飄々としたユーモラスな話なんだけど,次の「不可能もなく裏切りもなく」を読み終わるころには薄ら寒い気分になっている.少年と永遠の転校生と大学の地下通路に住むともだちを描いた「へむ」は,どことなく悲しさを漂わす話が多いなか,さわやかなラストが印象的.いずれの短篇も面白かったです.
帯には「理系女子ならではの」とあるけども,同じ理系女子を売り文句にした『プチ・プロフェスール』と雰囲気がぜんぜん違うのは面白い.ざっくり言うとこちらは悲観的理系 SF,あちらは楽観的理系ミステリ.加えて,こちらはポスドクや研究者の苦労が水を吸ったスポンジのように全編じっとり滲んでいて,別の意味でも切ない.このあたりに SF とミステリの気質の違いが現れている,のかな?