宮内悠介 『盤上の夜』 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

この出会いはシェーファーの記憶に焼きついた。「けっして忘れられないだろう」とまで彼は言っている。このエッセイからは、シェーファーがティンズリーに対して確かに敬意を払い、そして好敵手として見ていたことが窺える。
このようにして、二人は出会ったのだった。
最後まで人間の王として戦った男と──いずれ、チェッカーを滅ぼす男とが。

人間の王

「将棋が現実を変えられるなどと、本当にいまも思っているのか」
「兄さんこそ、まだ、将棋なんか王を取ったら終わりだと思ってるの?」

千年の虚空

囲碁,チェッカー,麻雀,チャトランガ,将棋.ゲームをめぐる連作短篇集.どの作品も素晴らしいのだけど,個人的にベストを選ぶと「人間の王」.42 年間無敗だったチェッカーのチャンプは,終焉が来ることが予想されるゲームにどのように向かい合っていたのか.完全解の存在が 2007 年に証明された*1という事実と,実在の人物をモデルにした物語.
「千年の虚空」は,将棋を通じて,世界を書き換えようとした兄弟と,ひとりの女性.孤児だった兄と弟は,バラバラのものを見ているようで,実は同じ方向を向いていたのか.
第 1 回創元SF短編賞山田正紀賞の表題作「盤上の夜」は,盤を皮膚の延長として捉え,「この世界を抽象で塗り替えたい」という女性棋士の物語.新日本プロ麻雀連盟の歴史から抹消された,最後の白鳳位戦の記録「清められた卓」ブッダの息子,ラーフラはどのようにしてチャトランガを考えたか.「象を飛ばした王子」.「盤上の夜」と対になる「原爆の局」は,昭和 20 年 8 月 6 日の広島で開催された本因坊戦棋譜から始まる.
ゲームの成り立ちに込められた思い,ゲームと現実との関係,対局から生まれる業,執念,狂気…….ゲームのシステム的な話を書いているようで,その実とても人間臭い物語になっていたり,うまく言えないのだけどなぜだか涙腺が刺激される.たかがゲーム,されどゲーム.「極める」ということがはらむ狂気を,SF の手法を使って遺憾なく発揮している.素晴らしい作品集だと思う.