平田真夫 『水の中、光の底』 (東京創元社)

水の中、光の底

水の中、光の底

更にしばらくして目が慣れてくると、部屋の真下が実は地面などではなく、滔々と流れる川になっていると判った。さっきの水音は、あそこから聞こえていたのだ。尚もよく見ると、それは壁の足元、酒場の床下をくぐって流れている。すなわちこの建物は、ちょうど南北に延びる川と跨ぐように建てられていたのである。
一階で見た二つの出口を思い出す。谷を降りて来た客は、いずれかの扉から入り、いずれかから出る。その時、反対の戸口を選んだ者だけが川を渡ることになる。つまりこの酒場は、それ自体が橋の役割をしている訳だ。

立春──山羊の啼く渓谷

幻想的で静かな連作短篇集.帯には「日常のSF幻想」とあるけど,少し不思議・未満の世界を根っこに置いた日常風景,という感じかな.SF じゃないから悪いという意味ではなくて,でも幻想小説を期待すると肩透かしかも.「水」のにおいや「光」と闇のコントラスト,それ以外にも共通したテーマがあるようなのだけど,かなり漠然としている.単なる雰囲気小説ではないと思うのだけど,率直に言うと地味かなーと.雨が降ると沈んでしまう喫茶店の話「水槽──Craspedacusta Sowerbii」と,深夜の公園でとある妖怪と「本質」について語ることになった教授の話「公園──都市のせせらぎ」が好き.