- 作者: イアンマクドナルド,Ian McDonald,下楠昌哉,中村仁美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/04/01
- メディア: 単行本
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カーリーの時代、ですか。多くのインド人たちがそういうふうに考えたがるのに、わたしはちょっと我慢できないんですよね。なんでって、わたしたちはとっても古い文化そのものなんで、すべてをつくったのはわたしたちなんですから。天文学? メイド・イン・インドですよ。零? メイド・イン・インドです。量子論を通じて明らかにされたような、非決定的で蓋然的な現実の性質は? インドのものですよ。信じられませんか? ヴェーダによれば、宇宙の四つの大きな時代は、わたしたちのサイコロ遊びで出る可能性がある四つの目に対応しているんです。クリタ・ユガは完全な時代で、出る可能性が一番高い目。カーリー・ユガは苦しみ・暗黒・腐敗・解体の時代で、一番低い目。全部が、聖なるサイコロの目しだいなんです。蓋然性ですよ。なんてインド的な!
ヴィシュヌと猫のサーカス
内戦を経て,いくつもの小国に分離したインド亜大陸を舞台にした SF 連作中短篇集.AI,バイオ,ナノテク(and more)を取り入れ,かつインドやチベットの情緒がたっぷりあふれる世界観は本当に魅力的.人々の情緒や文化を非常にしっとりと描いている.なんというか,世界観を詳細に語るようなことはしないのだけど,この本全体で確実にひとつの世界をつくっているのな.いろいろなイメージが膨らむ.
ロボットを操る傭兵たちと少年の「サンジーヴとロボット戦士」.戦後処理のため,多国籍軍の父とインドを訪れた少年が見たインド「カイル、川へ行く」の二篇は,それぞれの戦争と少年と出会いの話.
対立する一族に家族を殺された王侯の娘がたどった「暗殺者」.因襲を科学があざ笑う話,というとちょっと違うかもしれないけど.皮肉なメロドラマ.
産み分けが進んだ結果,男性が女性より極端に多くなってしまったインド男性の婚活「花嫁募集中」.ソープ・オペラを教科書に,AI から恋愛指南をしてもらう.最初バカバカしくて,やがてゾッとする.まあいちばん身近なテーマですし……
「小さき女神」はクマリに選ばれた少女のそれからを描く.クマリ(生き神)は現存するチベットの風習*1.女神に選ばれてからの激動すぎる人生の流転が胸に迫る.
「ジンの花嫁」は現代のジンならぬ AI と結婚した踊り子の物語.ジンとの結婚は誰も幸せになれないのかな.おとぎ話のように皮肉の効いていて,最後は少し悲しくなる.
デザイナーズベイビーとして産み出された兄弟,シヴとヴィシュヌの話「ヴィシュヌと猫のサーカス」で物語は最高潮を迎える.猫つかいのヴィシュヌが語る世界の成り立ち,兄弟が抱えたコンプレックス,両親,妻,妹…….一本の短篇としても素晴らしいのだけど,最後まで読んだ時点で,この作品が完成したんだ,というカチッとした感覚があった.
*1:私は『ぢるぢる旅行記』で知りました