森田季節 『落涙戦争』 (講談社)

落涙戦争

落涙戦争

帰りは往路よりはずいぶんと足取りが軽くなってくれた。たんに道が下りに変わっているだけかもしれないが、今は下りの加速の力も借りて、早く帰りたかった。進行方向左側の三条通を歩く。地下鉄東山駅の階段に高校生が吸いこまれていた。暗くなってきたせいで、遠くの人の顔がのっぺらぼうのように見えた。この時間はお化けだらけだ。
東山駅の正面に当たるところから北に進路を変える。ぞろぞろと高校生とすれ違っていく。顔を見ようとするが十秒も経つと、記憶が早くも混ざり合って同じになっていく。制服は擬態のためにあるのだろうか。
「どうでもいい人なんて存在しないんですよ」安い自販機の横を通過したあたりで、ホトトギスが先ほどの話をぶり返した。「お化けが実在しないように」

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大学二年生の阿弥陀寺翔太は,泣くことができなかった.恋人である春香に振られた翌日,翔太の前に見知らぬ女の子が現れる.泣かせ屋である彼女は,翔太を泣かせるためにやってきたと言う.
泣けない大学生を泣かせようと次々やってくる泣かせ屋たち.京都を舞台にした,なんとも変な話.これまでの作者の小説に比べると分かりやすいしトーンも明るいし……と思ったのも最初のうち.物語はトンチキな方向に飛躍し唐突に断絶する.キャラクターは,元泣き屋ですぐに泣くホトトギスをはじめとして全体的にいきいきしていてやけに可愛い.ことあるごとに春香のことを思い出していた翔太がだんだんホトトギスになびいていくのも無理はない.あと改めて思ったんだけど,文章がシンプルで美しいよなあ.