パオロ・バチガルピ/田中一江訳 『シップブレイカー』 (ハヤカワ文庫SF)

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

「そうだな。スロスはかわいい目をしてるからな」パーリーが言った。「その目も、たちまち人体器官収穫屋(ハーヴェスターズ)に取られちまいそうだな」
ピマは肩をすくめた。「ブタをさばくように、すこしずつ体を切り売りすることはできても、しまいには売るものがなくなるよ。そうなったら、どうする?」
生命(ライフ)カルトがある」ネイラーが提案した。「卵子を買ってもらえるよ」
「いやになっちゃうね」ムーンガールが渋い顔をする。「スロスにそっくりな半人がぞろぞろ生まれてくるなんて」
「犬のDNAのほうがスロスより一段ましだよ」パーリーがいった。「すくなくとも犬は忠実だからな」

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海岸沿いの集落に住むネイラーは,廃船からパーツを取り外して糧を得るシップブレイカーのひとり.毎日の空腹にすぐそこにある死,さらに暴力的なジャンキーの父親に苛まれながら日々を過ごしていたネイラーは,大嵐に打ち上げられた高速船のなかで黒髪の美しい少女を見つける.
石油が枯渇し,環境が破壊しつくされた未来のアメリカを舞台にしたジュブナイル小説.物語は非常にゆったりとしたペースで進む.汚れ,貧しく,乾ききった未来都市はさすが,お手のもの.身体感覚というのかな.捨てられたタンカーの,真っ暗なダクトを手探りで進み,石油溜まりに落ちるネイラーの描写を読むだけで,己の身体中に擦り傷や切り傷ができたような気になり,石油の臭いが身体中に染み渡るような気がする.そういう感覚を,ページをちょっとないくらい贅沢に使いながら,もうこれでもかと味わわせてくれる.刺激的とは言いにくいストーリーだと思うのだけど,非常に良質なヤングアダルト小説だと思う.