せきしろ 『学校の音を聞くと懐かしくて死にたくなる』 (エンターブレイン)

学校の音を聞くと懐かしくて死にたくなる

学校の音を聞くと懐かしくて死にたくなる

その時だ。僕の視界に落下物がもうひとつ入ってきた。ボールとはまったく別のもので、ボールより何十倍も大きかった。
それは女の子だった。空から女の子が落ちてきたのだ。どこから落ちてきたかわからないが、空から落ちてくる女の子はそういうものなのだろう。
ここで僕にある迷いが生じた。どっちをキャッチするかという迷いである。ボールか、女の子か。ボールを選べば、甲子園である。女の子を選べば甲子園には行けないが、非日常と接触するわけである。何かが始まることは確かだ。

受け止めるべきだったもの

結局、彼女はアイドルになっていない。『BOMB』『ダンク』『ORE』『MOMOCO』とアイドル雑誌を買っては彼女の名前を探したものだった。同じ名字のアイドルの名前を見つけただけでドキリとしたものの、まったくの別人だった。
一方僕は僕で彼女に語った夢など忘れ、東京で日払いのバイトばかりするその日暮らしに突入した。
三十年近くの月日が流れた。
いつ彼女が現れてもいいように、傘は持たないようにしている。

傘をささない

Webサイトeb!日和にて連載された36篇を収録した短篇集.仲の良かったクラスの卒業後の話(「仲良しクラス」)だの,同じ高校を受験した女の子の思い出(「高校受験」)だの,最初の方は学校であった(数十年前の)イヤな話ばかり.似たオチが多くずっとこんな話ばかりなのかな……と思いながら読んでいったらとんでもなかった.
九回裏ツーアウト,このフライを捕れば甲子園という場面に,空から女の子が落ちてくる話(「受け止めるべきだったもの」)だの,バスケ部が練習中の体育館がゾンビに取り囲まれた,そのときキャプテンが取った解決法(「ラン&ガン」)だの,奇想に虚実とノスタルジーが不思議に絡み合う話の割合が徐々に増え,その合間に小学生のころに傘を貸してくれた女の子を三十年近く待ち続ける話(「傘をささない」)なんかが挟まり,だんだん良い感じにわけが分からなくなってくる.節分部の鬼役の憂鬱(「鬼として」)や,だるまさんがころんだ部で頂点を極めた男の卒業後(「だるまさんがころんだ」)といった部活ものや,どことなく筒井康隆の不条理話っぽい雰囲気の「踏み台」「罵り合い」も楽しい.道端で意味ありげなコントローラーを拾ったけど何も起こらなかった(のかどうなのかは読者の判断に委ねられる)話(「コントローラー」)も地味にとても好き.
ってことで良かったです.奇想短篇集として普通におすすめできる.帯には「短編ライトノベル集」とあるのだけど,これをライトノベルと銘打って売り出すのは誰も得しないと思うなあ.