S・G・ブラウン/小林真里訳 『ぼくのゾンビ・ライフ』 (太田出版)

ぼくのゾンビ・ライフ

ぼくのゾンビ・ライフ

家に着くと、両親はワインセラーにマットレスを敷いてくれた。2人はほとんど口をきかなかった。母さんは号泣しっぱなしで、ぼくが放つ匂いによる吐き気を抑えるため、鼻と口をタオルで覆っていた。一方父さんは、「なんで普通の息子のようにそのまま死んでくれなかったんだ?」と、何度も繰り返し訊いてきた。

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マスコミがちゃんと理解しているゾンビの特質の1つが、肉体的苦痛を感じないということだ。しかし、我々の心は生きている頃と同じように傷つく。

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交通事故によって死んだはずのぼくことアンディは,ゾンビとして蘇生した.誰が望んだわけでもなく蘇ったアンディは,ゾンビ・サポートグループのミーティングやセラピー以外の時間は両親によって実家のワイナリーにほとんど監禁状態.アンディはゾンビの「人権」を取り戻そうと行動を起こす.
自意識を持つゾンビによって語られる一人称小説.交通事故で妻を死なせて,娘とも離れ離れ.自分だけゾンビとして蘇ったあげく,公民権を取り上げられて社会から捨てられ両親からも蔑まれるってどんな気持ち? ねぇどんな気持ち? という.この社会にはゾンビがそこそこいるらしいのだけど,面白半分に腕を折られたりバラバラにされても文句は言えず,それどころか実験動物や見世物のような扱いを受けることも当たり前にあるらしい.作中でも触れられるけど,昔の黒人の扱いを念頭に置いたものなのかな.声帯を事故で損傷して喋れない「ぼく」の一人称はひたすら淡々としていて,どんなひどい目にあっても,逆にどんないいことがあってもまったくぶれることがない.それがかえって繰り返し起こる悲惨な出来事を鮮やかなものにしているのだと思う.救いはないんですか! と泣きたくなる.
ただ,詰め切れていないところは多いかなあ.なぜゾンビが生まれるのか,この社会におけるゾンビの扱い(ゾンビ動物園の存在とか,こんな社会でもロメロはやっぱりゾンビ映画を撮っているらしいとか)などの世界設定しかり.中盤の○○や,終盤のリタの○○などのストーリーにおける重要イベントしかり.ゾンビの蘇生とキリストの復活のどこが違うの,とか.ヒントはあちこちに散りばめられているとは思うので,そこは読者自身が考えるところなのかな.