ロン・カリー・ジュニア/藤井光訳 『神は死んだ』 (白水社)

神は死んだ (エクス・リブリス)

神は死んだ (エクス・リブリス)

――そう、その後、私と弟は群れに戻って、決意したよ(といっても、犬にできる程度の決意なんだが)。満腹で死んでしまうよりは、空腹だが生きているほうがましだとね。ジャンジャウィードが移動しているのだから、我慢さえしていればそのうちご褒美があることはわかっていたしね。二日後、私たちは肉が焦げる匂いをたどり、瓦礫と化した難民キャンプに到着した。そのとき、今ではすっかり有名になった私たち五匹は、創造主を食べた。

神を食べた犬へのインタビュー

スーダンダルフール地方.ある少年に謝罪をするため,ディンカ族の若い女性の姿で顕現した神は,民族紛争に巻き込まれ死んだ.「神の不在」が伝わるにつれて,世界は新しい枠組みと価値観を手に入れてゆく.文字通りの「神の死」を描く「神は死んだ」から,時系列に沿って神のいない世界を切り取ってゆく連作短篇集.「神の不在」を嘆く人々の初期の混乱とやさぐれ具合を描く「橋」「小春日和」.「神」の役割を「子ども」に求めようとする地域社会を矯正しようとする精神科医の虚しい奮闘「偽りの偶像」から徐々にSF度が増してゆく.田舎の一風景「恩寵」を経て,「神を食べた犬へのインタビュー」では,神にすがらずにいられない人々の弱さとおかしさ,「神」になってしまった犬のやり場のない悲しさを鋭く描く.ポストモダン人類学軍と進化心理学軍が戦争(論争ではなく文字通りの)状態になった世界に暮らすある少年アーノルドの話「救済のヘルメットと精霊の剣」は,母親への愛憎と思想への憧れと少女への思いがないまぜになった青春ものの趣.「僕の兄、殺人犯」は,フラッシュバックする弟の記憶が鮮烈に映る.「退却」は戦争に敗れたアーノルドが敵軍に追われながら故郷を目指す物語.「神の不在」がもたらす影響をこれでもかと見せつけて,物語を締めくくる.
1975年生まれの作者によるデビュー作.何の力も持たない「神」が死んだだけで,これほどの混乱と変化が訪れることが果たして妥当なのか,正直さっぱりわからないのがネックなのよな.洋の東西の違い,で片付けていいレベルなのかどうか.リーダビリティも高く,ユーモア混じり(表題作でコリン・パウエルが登場したときは出オチかと思った)で面白いのだけど,その前提だけは気になった.