デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳 『ミステリガール』 (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリガール (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ミステリガール (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ようこそおいでくださった。どうか自分の家のようにくつろいでくれたまえ。出迎えることができずに、申しわけない。代わりと言ってはなんだが、DVDプレイヤーにディスクをセットしておいた。そこでわたしが語る話に、是非ともご傾聴いただきたい。このディスクは、再生後、自動で情報が消去されるようプログラムされている。途中でディスクを取りだそうとしたり、停止ボタンを押したりした場合も、自爆プログラムが作動してしまうので、ご注意を(《スパイ大作戦》のようなものだとお考えいただきたい。ただし、映画に焼きなおされた《ミッション:インポッシブル》のほうではなく、テレビドラマのほうである)。

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映画好きで作家志望で無職の男,サム・コーンバーグ.妻のララに愛想をつかされ出て行かれたサムが慌てて見つけた就職先は,探偵の助手.異形の探偵,ロンスキーにサムが命じられた最初の仕事は,“ミステリガール”ことラモーナ・ドゥーンの行動を調査することだった.
ワナビでボンクラの中年男が,逃げた妻に振り返ってもらうため,探偵の助手として流されるまま奮闘.やがて事件は奇妙な流れとなり.『二流小説家』(感想)でヒットを飛ばした作者の長篇第二作.サムのボンクラっぷりが存分に描かれる序盤は,『ミステリガール』というより「ボンクラ中年」じゃないですかー.話が動き出すまで少しかかるのだけど,最初の事件の発生から,ある映画監督にまつわる悲喜劇が明らかになってゆくに連れて,物語は一気に奇妙な様相を帯びてゆく.
アクション,ホラー,ポルノといった映画全般に対する愛と情熱がそこかしこにあふれているのが素晴らしい.妻が浮気しているらしいと電話で友人に愚痴るサム → 今すぐこっちに来いという友人 → 友人宅にはやっと手に入れたという輸入盤のジャッキー・チェンDVD-BOX → いっしょに見る → こんなことのできる世界ならそう悪いものでもないんじゃないか,“人生は生きるに値するんじゃないか。そんなふうに思わせてくれるところが、ジャッキー・チェンの作品の魅力のひとつなのかもしれない。”という一連の流れが完璧すぎる.初対面のメキシコ人たちと,サム・ペキンパーの話で盛り上がったりだとか,どう見ても勝新太郎座頭市であろう盲目のメキシコ人ガンマンとか,唐突な拷問とその後の処置とか,どこからどう見ても趣味が多分に含まれたボンクラ小説である.深見真がアメリカ人だったらこんな話を書いたんじゃないかな,という気がした.楽しゅうございました.