吉上亮 『パンツァークラウン フェイセズII』 (ハヤカワ文庫JA)

痛みは消える――それは傷が癒えることではない。忌まわしい記憶を乗り越えることではなく、もっと他人任せの、いや、機械に任せるといったほうがいいだろう。
「〈黒花〉と動作補正ナノマシンは、ジョウくんを着装者として最適化し続ける。そのために参照されるべきでない記憶をどんどん遮蔽していく」
傷は傷のままで残りながらも、傷そのものを知覚しえないのなら、きっと痛みを感じなくなる。意識的にも無意識的にも、今の自分に不適切な記憶は参照されなくなる
今もなお、それは進行していた。最適化のプロセスが実行される限り、今の自分にとって苦痛をもたらす記憶のすべては、何であろうといつかきっと不可視なものになる。

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三ヶ月連続刊行の二巻.いまいち乗りきれなかった一巻(感想)と比べるとぐっと面白くなっている.ってもまあ一巻あればこそではあるんだけど,主人公広江乗をはじめとした登場人物たちが軸になり,「物語」が動き出した感がある.ARや行動分析などの現代SFらしいガジェットを描きながらも,新しい皮を被った,古くからある物語ではあるのかな.都市の女神である〈co-HAL〉が創造された理由や,〈英雄〉(ヒーロー)としての役割(ロール)を負った乗の心のうちなどがテンポよく明らかになってゆき,飽きずに読める.ユートピアを舞台にしているのに,登場人物たちの行動原理がやけに卑近というか人間的で泥臭いところがあるのは好きだな.ジョン・クラウンの正体など,謎があまり謎として機能していない気がする(三巻でひっくり返される可能性もあるが)とか,小説としての粗もそこそこ目立つんだけど,しかし漫然と読んでいると,小説の粗と,作中世界(ユートピア)の粗を混同しそうになる.妙な感覚.SFとしての新しさはあまりないと思うけど,さすがにこの感覚は狙ってやったのではないよね.