仁木稔 『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

「誤信念は自尊心の欠乏と結び付いている。如何なる反証も受け付けないし、妖精によって満たされることもない」
「自身の生命や生殖よりも信念のほうが大事なんだからな。不適応じゃなくてなんだと言うんだ?」ディーラーは吐き捨てた。
「人間らしさ、だろ」子狐を撫でながらオブザーバーは答えた。

ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち

「誰かの苦しみは、他人にはほんのわずかしか伝わらない。特に、加害者には絶対伝わらない。どうしてなのか解る? 姉さんにそう問われて、解らない、としか僕は答えられなかった。彼女は、にっこりと笑って続けた……人間には、他人の苦しみを感じる器官がちゃんとある。だけど自分自身の苦しみを感じる器官に比べると、充分には発達してこなかった。個人差もあって、鈍感な人は平気で他人を苦しめる。

はじまりと終わりの世界樹

2001年の米国では,「妖精」と呼ばれる人工生命体が労働現場で使役されるようになっていた.妖精を憎悪し妖精を排斥する活動を行っていた聖書原理主義者のケイシーは,やがて世界を巡る大きな陰謀に直面する.
改変された911前の米国から始まる「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」亜人が広まるきっかけとなったイラクの地獄「はじまりと終わりの世界樹創造者(クリエイター)たちに設計(デザイン)された亜人たちの代理戦争が「芸術の源」として消費されることによって達成された絶対平和(アブソリュート・ピース)の世界を描く「The Show Must Go On!」「The Show Must Go On, and...」「...'STORY' Never Ends!」の三篇.自分より劣った人工生命体を創造することではじめて手に入れることができた絶対平和のはじまりとゆるやかな終わり.いちおう短篇連作の体を取っているけれど,あらすじと表題作を読んだ時点では,こんな話になるとはまったく想像できなかった.反知性主義陰謀論によって間違った方向へ舵をとったアメリカが,亜人の登場と日本的文化の受容によって別のレイヤーに移行したものの,やっぱり同じことを繰り返す,的な? 正直なところ,要素が多すぎてちゃんと飲み込めた気はしないのだけど,病的なくらい執拗に描かれるこの社会の描写に,うっすらと見える気持ち悪さよ.