さがら総 『変態王子と笑わない猫。8』 (MF文庫J)

対岸の火事ってのは、結構つらい言葉なんだ。
みんなで消火活動して苦難をわかちあって絆が深まったりするところを、こっちはひとりでびんやり眺めて、平穏無事に河原の草とかむしっているんだ。対岸の炎を見るだけしかないってのは、なんというか――いたたまれない。
対岸の火事を消してやれるものなら消したいんだ。向こうで泣いている人を、冷たく深い川を渡って慰めに行きたいんだ。

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今日は筒隠月子ちゃんの16回目の誕生日.皆で集まり和気あいあいとバースデーパーティに興じる中,我らが横寺陽人は唯ぼんやりした不安を感じていた.
現状から目をそらし続けたこと,そして本当にやりたかったこと.一人称の語りによって真意を隠されたままになっていた横寺陽人の本質が,「もうひとりの自分」という形で少しだけ漏れ出る巻.こんな角川ホラー文庫にありそうなシチュエーションを,ライトノベル的な文脈できれいに着陸させ,横寺くんらしからぬかっこ良さで物語を収める.全体に滲んでいる不穏な感じといい,語りのマジックと言っていいのではないか.主人公である横寺くんに共感できるかはまったく別の話だと思うんだけど,感情移入の可否と物語の良し悪しが切り離されたところで成立していると思うんだよね.毎度毎度ほんと素晴らしいな.