キジ・ジョンスン/三角和代訳 『霧に橋を架ける』 (創元海外SF叢書)

霧に橋を架ける (創元海外SF叢書)

霧に橋を架ける (創元海外SF叢書)

犬たちは黙りこみ、いまの話について考えこんでいる。「リンナ?」ホープがいう。「どうして同じ人がよかったり、よくなかったりなれるの?」
「わたしも知りたい」彼女は言う。本当の質問は“どうして人はわたしたちを愛するのをやめられるの?”だとわかっているから。
(リンナでさえも考えるのがむずかしいのは、“いいこと”と“よくないこと”は愛とは関係ないからだ。誰かを愛するということは、自分の家や、人生の大部分をその相手とわけあったり、同じ場所でぐっすり眠ったりするという意味でさえない)

《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語

消える芸(?)を持つ26匹の猿と旅をする女の話「26モンキーズ、そして時の裂け目」はユーモラスでちょっぴり寂しい.宇宙船の中で,意思を持つのかすら定かではないエイリアンとファックするだけの日々「スパー」は,なるほど,言われてみるとアンチコミュニケーションというかアンチポルノという呼び方がとてもしっくりくる.自動車に載せた老犬とともに,蜜蜂が作る川をさかのぼってゆく「蜜蜂の川の流れる先で」.ペットとの別れを経験したひとに読んでもらいたい.書くにあたって『マイリトルポニー』を一週間見続けたという残酷少女物語「ポニー」は,なんか異様に趣味が悪いのだけどなんか憎めない.動物が人間の言葉を手に入れた社会で何が起こるか,ファンタジーっぽくないファンタジー「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」.人語を解するようになった犬たちが物語を語る,というあらすじからぞくぞくさせられる.これも動物好きなひと向けかな.そして表題作の「霧に橋を架ける」.どことも知れない世界で巨大な橋を架けるプロジェクトを幻想的に描く傑作.
キジ・ジョンスンの日本オリジナル短篇集.作者の名前がキジなのに,犬や猿がたくさん出てくる話ばかりなのが面白い.というのは内容にまったく関係ないたわ言なんだけど,ほぼすべての短篇になんらかの動物が出てくるのは事実である.他の収録作は「水の名前」「噛みつき猫」シュレディンガー娼館(キャットハウス)「陳亭、死者の国」「ストーリー・キット」.良いものでした.