伊与原新 『磁極反転』 (新潮社)

磁極反転

磁極反転

「最近はその噂に尾ひれがついてるんです。政府は国民がパニックに陥るのを怖れて、スーパーフレアの情報を隠蔽していると」
「だからね」小高は念を押すように言葉を区切った。「さっきも言ったように、そんな情報、僕たちが教えてほしいぐらいなんだって。すぐ論文に書くよ」
「ですよね」柊は思わず笑ってしまった。

Amazon | 磁極反転 | 伊与原 新 | ミステリー・サスペンス・ハードボイルド 通販

78万年ぶりの磁極反転が近づきつつあった.弱くなる地磁気と強くなる宇宙放射線.異様な寒冷化と6月に降る大雪.東京では空に赤いオーロラがかかり,巨大ネズミの目撃と新種の伝染病に人々はパニックに陥っていた.取材をしていた科学ライターの柊は,都内各所の病院から妊婦が消えているという噂にたどり着く.
磁極の逆転によって,社会に何が起こるのか.帯曰く「理系ミステリーの新鋭が放つ前代未聞の巨編」.これは面白かった.比較的固いテーマのシミュレーション小説でありSFミステリだと思うのだけど,語り口が柔らかくて明瞭で非常に読みやすい.陰謀脳というか放射脳というか,そういうのに取り憑かれてしまったひとびとがなぜそういう思考に陥ってしまうのか,とか,なぜマスコミの科学報道はいい加減で煽るようなことばかり書くのか,とか,この手の話だと,小馬鹿にするかあきらめの目で見るかというスタンスが多いと思うのだけど,そちらには立たずに「なぜそうなってしまうのか」を明快に説いてくれるのがすごくいい.クライマックスはそれまでに比べて駆け足すぎだったり,逆転後の世界が性善説に寄りすぎているような気がしたり,急に違和感が強くなったのが惜しかった.いやしかしなんというか,気付かされることの多い小説だと思うのですよ.具体的には,意識の高いひとを見るとなぜムカつくのかとか.良かったです.