小林泰三 『忌憶』 (角川ホラー文庫)

忌憶 (角川ホラー文庫)

忌憶 (角川ホラー文庫)

突然、上半身裸で頭に手ぬぐいを巻いた男が竹竿を雲に向かって突き上げた。竿は雲の底にずぶりと突き刺さった。男はにやりと笑い、満身の力を込めて竿で雲をかき回し始めた。天から肉をこねるような音が響いた。竿の先が十回ほども回った頃、雲の中から何かがちぎれるような鈍い音が聞こえた。男はゆっくりと竿を雲から引き抜いた。竿の先にはべっとりと血がついていた。

奇憶

作者初という連作ホラー短篇集.どこから切っても趣味が悪くて楽しい.腹話術にはまった末に人形に身体を乗っ取られる「器憶」前向性健忘性にかかった男の家の冷蔵庫には凍った男の死体があった,というミステリ仕立ての「垝憶」もそれぞれ技巧が凝らしてあるしぬるぬるぐちゃぐちゃしてて楽しいんだけど,冒頭の「奇憶」インパクトにやられてしまった.何をやってもうまくいかず,幼いころの記憶への逃避に溺れる駄目人間の話.クトゥルフ量子力学を駆使しつつも一般的なホラー短篇とは違った意味で心が締め付けられるホラー短篇だよ.こんちくしょう!