ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸訳 『複成王子』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

複成王子 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

複成王子 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ベッケンシュタイン震が起きたのはそのときだった。それまでの何分間か、ブラックホールは周囲に群がるヒッグズ撹拌機械により、かろうじて安定を維持したまま、不安定性の縁で揺れていた。事象の地平線上に捕捉されていたスーパースレッド・モードも、永遠に引き延ばされた時間において、猛然と演算を行っていただろう。だが、つぎの瞬間、ついに安定が崩れ、ブラックホールは爆発し、みずからの私的な地獄内で考えたすべての思考を猛々しく放出しだした。一瞬のうちにホーキング輻射へと変換された質量は、じつに山ひとつぶんにもおよんだ。

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怪盗ジャン・ル・フランブールとオールト生まれの戦闘ボクっ娘少女ミエリ,喋る宇宙船の〈ペルホネン〉は地球へと向かう.封鎖され荒廃した地球では,ソフトウェア生命である精霊(ジン)と人間が共生していた.
『量子怪盗』(感想)に続く,怪盗ジャン・ル・フランブール三部作の二作目.アルセーヌ・ルパンをベースにしたスペースオペラサイバーパンク.やー,楽しい.賑やかなガジェットや,フィンランド語,アラビア語,日本語(俳句が書かれているらしい)など多言語で造られた造語が滝のように繰り出され,ド派手なビジュアルが目に浮かぶよう,というのは『量子怪盗』と同様.〈精霊(ジン)〉,〈天佑(アウン)〉,〈天国(ジャンナー)〉,〈神鳴石(カミナリ・ジュエル)〉,などなど,怒涛のラッシュが引用部分のようなテキストに乗せて語られる.考える暇を与えない.今回はアラビアン・ナイトが物語の下敷きになっており,登場人物もアラビアン・ナイトから引用しているとのことで,エキゾチックな雰囲気も十二分.
今回特にふるっていたのが,宇宙船内にサウナがあるという描写.わざわざ船内に水球だの焼け石だのを用意して,クールダウンは宇宙空間に裸で出てするという.これはフィンランド人でなければ書けない.日本人がデタラメなニンジャの出てくるサイバーパンクを書くような趣なのかな.