手代木正太郎 『魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)の診療記録』 (ガガガ文庫)

魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)の診療記録 (ガガガ文庫)

魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)の診療記録 (ガガガ文庫)

看護流柔術(アンフィバーリツ)――と言えば、二十数年前の戦で従軍看護師であったフレデリーク・ナイチンゲールなる一人の女傑が、医師と患者とを守護するため編み出した護身術である。
フレデリークは看護師であるばかりでなく手技療法師(カイロプラクター)でもあった。熟練の手技療法(カイロプラクティック)の技術と医療従事者ならではの人体解剖学の知識、及びリハビリテーションに応用される諸々の健康体操の身体操作法を組み合わせ、この護身術を完成させたとされる。

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魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)とは,人間が吸血鬼(ヴァンピール)狼男(ルーガルー)鬼人(オーグル)といった妖物(モンストル)悪魔憑き(デモノマニア)になる病気,〈妖病(ダムヌム・ミナトゥム)〉を治療する医師である.魔法医師のクリミアと看護師のヴィクターは,ヴィクターがかかった病を治療するために必要な霊石を探し,旅を続けていた.ふたりはある街に霊石〈ガマエ〉があるとの情報を得るが,その街では疫病が蔓延し夜な夜な吸血鬼(ヴァンピール)が跋扈していた.
魔法(マジー)を使うため異端として迫害されるある魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)の診療記録.ルビと独自の用語を多用した異世界ファンタジー.カッチリと世界観を作りこんだ,安心して読めるファンタジー.……だと思っていたら,特殊異端審問官〈鉄槌(マルテル)〉が登場する100ページあたりからファンタジーの皮を被ったニンジャが顔を出し始める.妖術ってファンタジーじゃなくて山田風太郎のそれかよ! 異端審問官の使う聖法(ミラコロ)(忍術のようなもの)がいちいち下品なのもそれっぽい.三百通りの関節技と四百通りの投げ技を持つ看護流柔術(アンフィバーリツ)ってそれもう護身術じゃねぇだろ! とか楽しい楽しい.
しかし世界観はほんとしっかり作りこまれているんだ.聖職者と教会医師の魔法医師に対する徹底したスタンス(異端視)だとか,仏教(?)を取り入れたと思われる〈妖病(ダムヌム・ミナトゥム)〉の思想とか.終盤のとあるシーンが本来の意味で尊くてすごかった.何より,登場人物のすべてがなんらかの価値観や信念(邪なものも含む)をもって行動しているのがとても良い.笑って泣いて切なくなる.傑作だと思います.