柴村仁 『鳴夜』 (講談社BOX)

鳴夜 (講談社BOX)

鳴夜 (講談社BOX)

思わず息を詰めた〈彼〉のすぐそばを、両腕を水平にピンと伸ばした全裸の男が「ぶうううん、ぶうううん」と低く唸りながら、積もった糸を蹴散らし蹴散らし、すごい勢いで駆け抜けていった。その男の頭部は雄の鍬形虫のそれであり、股間からは雄の兜虫の頭部が生えていた。
ぶうううううん、ぶうううぅぅぅ……
甲虫男は目抜き通りに飛び出していった。

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秋祭りの終わりから大晦までの数十日間だけ開かれる「細蟹の市」.ここでは手に入らぬものはないという市に,飲むだけで若返ることができるという「復ち水の酒」を求める男が訪れる.
「細蟹の市」とそこに住む人々,訪れる人々を描くシリーズの第三巻.主人公のひとり,赤腹衆のサザの過去が明かされる.『夜宵』(感想),『宵鳴』(感想)と,巻を追うごとに和風ダークファンタジーとしての完成度が着実に上がっていると思う.輪廻転生とか黄泉の国といった,死生観が今までになく強く出ていた気がする.ついさっき気づいたけどタイトルもループしてるのな.残酷とかグロとかに振り切れているわけではないのだけど,「復と子(をとこ)」,「復と女(をとめ)」といった言葉や,水のにおい,水の音が織り込まれたテキストから独特の薄暗い雰囲気を生み出すことに成功していると思う.湿気を吸ったコンクリートのにおいがするテキスト,と言ったら雰囲気が伝わるかな.