ラヴィ・ティドハー/茂木健訳 『完璧な夏の日』 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)

完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)

あの事件が起きたとき、われわれは救世主が現れることを期待したのだ。ひとりの男が。ヒーローが。しかしヒーローとは、いったいどのような人物なのだろう? コミック・ブックの色刷りページ、あるいは映画のスクリーンから飛び出し、銃を片手にわれわれを助けてくれる人だ。旅客機を空中で止められる人だ。そしてハイジャック犯から武器を取りあげ、安全に着陸させてくれる人だ。あの凄まじい惨劇が起きるのを、防いでくれる人だ。
鳥だ。飛行機だ。いや違う、あれは……
なにも見えない。誰もいない。
あの朝、空を見あげていたわれわれは、ヒーローたちの死も目撃してしまう。

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第二次世界大戦の直前.異能力を持つ超人たちが世界各地に現れた.超人たちはイギリス,アメリカ,ドイツ,ソ連など各国の軍や諜報機関で徴用され,影に日向に戦争に参加していた.それから数十年を経た現在.以前の上司と同僚に呼ばれたイギリスの超人,フォッグは,かつての戦争の記憶を語り始める.
霧を操るフォッグと,物質を消失させる能力を持つオブリヴィオン.英国のふたりの超人によって語られる20世紀の戦争の記憶.超人たちの存在した20世紀を描くオルタネートヒストリー.「夏の日(ゾマーターク)」とは,戦時中のパリでフォッグが一目惚れしてしまう永遠の少女のこと.彼女がストーリーの重心にあるのだけど,原題の「暴虐の世紀」(“The Violent Century”)のほうが内容にそぐう気がする.フォッグとオブリヴィオン,ふたりの上司のオールドマンの関係もさることながら,ヒーローの必要性を熱く語るジョゼフ・シャスターと,超人が必要ないと語る若き日のビン・ラディンが対照的に描かれるのが非常に象徴的というか,なんかぐっとくるものがあった.ベルリン,パリ,ベトナムにおいてヒーロー,英雄としての役割を果たした超人たちは,21世紀に入った途端にその不在を明らかにされる,という残酷な物語だと思ったのよ.