円城塔 『プロローグ』 (文藝春秋)

プロローグ

プロローグ

わたしにとっての理想の書物の形はだから一言で「ソフトウェア」ということになる。著者の概念よりもメンテナの概念の方が有効になる、分岐していく流れにつけられたこれは名前だ。普通、小説と考えられている存在は、そのときたまたま現前しているバージョン、ブランチのヘッド、そのメンテナンスを担当する者が現状で最適と考えた、管理の手間が及ぶ範囲での、一つの小説、時間の断面、スナップショットの一枚であるにすぎない。

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わたしは次第に存在していく。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。空の上にいるのだか、地面の下にいるのだか、判然としない。どこにどうしていても差支えはない。ただここにいる。否それすらも感じ得ない。日月が切り落とされ、天地が粉韲された不可思議の太平に、今着地しようと試みている。

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『エピローグ』(感想)と対になるであろう,円城塔の「私小説」.旅先の写真を載せたり,執筆環境をあげたりしているので間違いなく私小説なのであろう.『エピローグ』は物語のための小説といった風情だったのだけど,『プロローグ』は小説のための小説といった感じ,かなあ.日本語について考え,理想の小説を定義して分解し,文字が可能とする事柄を考える,という.いつものようにひょうひょうとしたユーモラスな,それでいて美しい筆致が楽しい.読み終わってみると紛れもなく『エピローグ』のための『プロローグ』でした.『エピローグ』を読んだ時はあまりエピローグらしさを感じなかったのだけど,もう一回読めば印象が変わるのかな.「小説」とはなんぞや,みたいなことを考えるのが好きなひとは『エピローグ』とセットで読んでみるといいかもしれない.