鳩見すた 『この大陸で、フィジカは悪い薬師だった』 (電撃文庫)

矛盾(パラドックス)のほとんどは修辞(レトリック)の手品。早い話、製作者が意図的に誤読させてるんだよ。都合の悪いことは書きたくないから、『事実』でひねくれた小細工をする。鶏と卵だって所詮は哲学だから答えなんてない。私が言ったのは単に『私に都合のいい事実』ってだけ」
ある書物に対してその解釈で論争が起こるのも、すべて書き手に悪意があるせいだとフィジカは言った。
『真実は嘘の反対じゃない。公表された事実に嘘がなくても、それだけが真実というわけじゃない――』

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エイル教の新米巡礼戦士であるアッシュは死にかけていた.そこに通りかかったのは,教会から異端指定された薬師の少女,フィジカ.命を救われたアッシュだったが,異端者をそのまま逃すわけにはいかない.教会の教えに何よりも忠実なアッシュは,フィジカの跡を追うことにした.
コカトリスやサラマンダー,ユニコーンといったモンスターの生態系を,連作短編ミステリのやり方で一話ごとに描いてゆくファンタジー.よくあるファンタジーのようでいて,ファンタジー生物の生態に隠された謎を,ミステリ仕立てでしっかりと描こうとしているのが見て取れる.上の引用部分もそうだし,意外なところにある伏線がのちのち効いていく.
モンスターの生態だとか,とある海沿いの村の慣習だとか,角川ホラー文庫にでもありそうなネタの数々を,それぞれの短篇のなかでさらっと描いてしまうのがとても良いと思う.露悪的でないのはわざとなのか天然なのか.「人魚の卵を割った日」は個人的にベストだけど,よく考えなくても悪趣味の極みだぞ.あらすじだと伝わりにくいかもしれないけど,ひとつでも引っかかる要素があれば読んでみて損はない,と思う.良かったです.