乙野四方字 『君を愛したひとりの僕へ』 (ハヤカワ文庫JA)

「人間は無意識に、日常的に近くの泡と行き来してるんじゃないか、と俺たちは考えてる。近くの泡だとあまり違いがなくて行き来してることに気づいてないだけなんじゃないかってな。もしそうだとしたらそれを証明して、さらに制御を目指す。それが、うちの所長が提唱した『虚質科学』という学問だ」
その時の俺は、それがどれだけ凄いことなのかがよく分かっていなかった。多少賢かったとは言え、所詮小学校の低学年。なんだか面白そうだなぁ程度にしか思っていなかった。
その愚かさが過ちを招いたのは、それから数年後。
その時の俺は、ちょうど一〇歳になろうとしていた。

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人々が並行世界の間を日常的に揺れ動いていることが実証された世界.両親の離婚によって,父親と暮らしていた日高暦は,父の職場である虚質科学研究所で,所長の娘である佐藤栞と出会う.時を経て互いにほのかな恋心を抱くようになるふたり.しかし,それぞれの親同士に持ち上がった再婚話が,すべての運命を一変させてしまう.
『僕が愛したすべての君へ』(感想)と対になる,並行世界のボーイ・ミーツ・ガール.『僕が〜』の序章でもあり終章でもある.10歳の頃に出会い,恋をし,失ってしまった少女を,その後の60年をかけて救おうとした男の物語.切ない.10代の頃に読んだら切なさで死んでいたかもしれない.
「虚質科学」は,並行世界にシンプルな理屈をつけたもの.特別な目新しさはないのだけど,父親が説明好きの科学者というだけあって,この世界の形をわかりやすく説明している.暦の絶望感と狂気に説得力を与えていると思う.良かったです.『僕が〜』も続けて一気に読んでしまいました.