J・G・バラード/村上博基訳 『ハイ・ライズ』 (創元SF文庫)

あとになって、バルコニーにすわって犬を食いながら、ドクター・ラングは過去三カ月間にこの巨大なマンションのなかで起こった異常な事件のかずかずを思い返してみた。すべてが常態にもどったいま、そういえばこれはという発端があったわけでなく、ある点からさき自分たちの生活があきらかに異常な状況にはいったという、そんな時点があったわけでもないのが、思えば意外だった。(略)

Amazon CAPTCHA

ロンドン中心部に建設された,40階建て,1000戸2000人が住む巨大住宅.上層階,中層階,下層階に別れ,マーケット,銀行,プール,小学校を内部に備えた高層住宅はひとつの世界を形成していた.ある夜,建物に起こった停電をきっかけとして,建物全体が不穏な雰囲気を纏いはじめる.
電気も水も空調も止まり崩壊を始めた高層住宅と,そこにとどまり続ける人々の狂気の世界を,上層,中層,下層それぞれの三人の視点を中心に描く.いやもうめっちゃ楽しかった.機能不全を起こした建物にゴミやホコリや死体や黄色くなった水が溢れていく様や,建物の階層社会のなかで狂ってゆく住人たちの新しい社会の憂鬱な描写がすごく楽しくて,暴力的に汚い.ドクターが犬を食ってる冒頭に心を掴まれて,最後まで離されることがなかった.今さら言うまでもない傑作でございました.