希 『妖姫のおとむらい』 (ガガガ文庫)

妖姫のおとむらい (ガガガ文庫)

妖姫のおとむらい (ガガガ文庫)

両岸に迫る地層の壁に、化石が露出して延々と連なっていって、しかもそれが古代の恐竜やら虫やらの生き物が石となったものでない。
「なんで、こんなのがこんな風に……?」
『ご存じないと? お前さまたちが写真機、カメラと呼ばれる器械でしょう』
「いやそれくらいは判るんだが……」
半の困惑を見抜いた風なタイミングでまた響いてきたこだまの通り、どう見てもカメラ、それもクラシックなスタイルのものばかりが化石となって岩壁の面に露出していた。

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大学生の比良坂(なかば)は,同じ場所に長く留まり続けると徐々に味覚が失われるという病に取り憑かれていた.その体質ゆえに放浪癖のある半は,旅先で不思議な空間に迷い込み,笠縫と名乗る姫に出会う.
独特で癖の強いテキストと,レトロな雰囲気で描かれる幻想小説.いかにも和風の舞台に,妖怪といった道具立てなんだけど,ストーリーの大筋は「不思議の国のアリス」のようでもある.アリス=男子大学生が,逃げるウサギ=妖姫を追ううちに,こちら側とあちら側を行き来する.行き来して何をするかというと,ものを食ったり酒を飲んだりするという.描かれるのはカメラの化石の峡谷,商店街の裏にある半地下の商店街といった景色に,最も幸福な瞬間をフラッシュバックさせる琥珀のパン,ツグミ貝の殻から生まれる月の酒といった食い物や酒.食べ物が大きなテーマだけあって,食べ物の描写には力が入っているし,イセッタに乗っての海釣りの描写も良い.派手さはあまりないけども,しみじみと良い幻想小説だったと思います.