藻野多摩夫 『できそこないのフェアリーテイル』 (電撃文庫)

できそこないのフェアリーテイル (電撃文庫)

できそこないのフェアリーテイル (電撃文庫)

「きっとあなたには理解できない。私たちにとって、愛とは簒奪と束縛と同じ意味だから」

妖精に春が盗まれたといわれる常冬の町,ベン・ネヴィス.この灰色の町でひとり暮らしていた少年ウィルは,雪の中でたたずむ少女,ビビと出会う.妖精と対話できる「フェアリーテイル」であるというビビは,妖精に盗まれた大切なものを取り戻すため,この町を訪れたという.

それぞれが失った「大切なもの」を取り戻すために,少年と少女が旅に出る.シェイクスピアをモデルにした主人公から語られる,愛をめぐる物語.ドルリー・レーン王立劇場やストラトフォード,ホームズとワトソンみたいな二人組も出てくるよ.

人間と妖精の叶わぬ悲恋を,「真夏の夜の夢」をモデルにした戯曲「夏夜ヴァルプルギスの囁き」を下敷きにして語ってゆく.妖精にとっての愛と,人間にとっての愛のすれ違いがなんとも切ない.原典に忠実なだけではなく,妖精の持つ奔放さ,神秘性,不気味さをしっかりと描いているのが良いと思う.ともすればどんどん重くなりそうな物語のなかで,天真爛漫なヒロインのビビがとてもまぶしく,物語自体が希望のあるものになっていたように思う.とても良いファンタジーだと思います.