宮内悠介 『エクソダス症候群』 (創元日本SF叢書)

エクソダス症候群【創元日本SF叢書版】 (創元日本SF叢書)

エクソダス症候群【創元日本SF叢書版】 (創元日本SF叢書)

都市部を、農村部を、沿岸部を、無色透明な不安が覆っている。

人々はそれを、正気の暗闇と呼び習わす。人類は病を克服したのではなく、新たな別種の病に罹ったのだと。どちらが正しいのか、精神医学は答えを出す術を持たない。

この状況はおかしい。

それは誰もがわかっている。

擬似(パラ)テラフォーミングによって,火星の開拓が始まった時代.惑星間精神医学を研究していた精神科医のカズキ・クロネンバーグは,火星で最初の精神病院として建造されたゾネンシュタイン病院に着任する.薬もベッドもスタッフも足りない過酷な環境で奮闘するカズキ.その裏で,25年越しである歯車が回り始める.

脱出衝動を伴う統合失調症様の障害,「エクソダス症候群」をめぐって描かれる宮内悠介初の書き下ろし長編.火星のエクソダス症候群と,地球の突発性希死念慮(Idiopathic Sucidal Ideation).精神医学がたどってきた歴史と,火星の精神医学が進む道程.脳と社会の関係.人類の狂気の歴史と未来.謎をはらんだままで進む物語には強く惹きつけられるし,何より物語における科学と非科学の配剤が見事だと思う.荒廃した火星社会の描写の不穏さも相まって,最後まで一気に読んでしまった.「舞台は火星開拓地、テーマは精神医療史。」という惹句にある通りの,意欲的な作品だと思う.良い作品でした.