野﨑まど 『バビロン I ―女―』 (講談社タイガ)

バビロン 1 ―女― (講談社タイガ)

バビロン 1 ―女― (講談社タイガ)

この男は、嘘を吐いている。

今も口を開いて話し続けているこの男が、その実、一切何も話していないことがよく解る。同じスタジオにいる人間に対して、テレビの前の人間に対して、話をする気がない。何も言っていない。心の中では全く別のことを考えていて、それがありありとにじみ出た顔が正崎の心を逆さに撫でる。

東京地検特捜部の検事,正崎善は,製薬会社と大学が関与した臨床研究不正事件を追っていた.捜査のさなか,麻酔科医の因幡が残した異様な書面を手に入れる.そこには,毛や皮膚が混じった異様な血痕と,紙を埋めつくす無数の「F」の文字が記されていた.

はじまりは製薬会社と大学の不正という地味な事件.それをきっかけに,「新域構想」と呼ばれる新たな特殊行政区分を巡る野望と,その裏に張り巡らされた大きな思惑が明らかになる.猛毒のような思想が,いかにして社会の価値観を変えるか,という導入の一巻.検事が信じる「正義」とそれに対する「悪」.それぞれに思想を持った登場人物と,キーマン(キーウーマン)である「女」がそれぞれを代表する.人間の持つ嘘や,気持ち悪さをこれでもかこれでもかと見せつけられる.一筋縄ではいかない.素晴らしい.

新しいパラダイムの提示によって,社会や科学や何かが大きく変わるフィクションが好き,というのもあるけど,人間の描き方が本当にうまいのだと思う.これは間違いなく傑作でしょう.続きも早い目に読むことにします.