門田充宏 『風牙』 (創元日本SF叢書)

風牙 (創元日本SF叢書)

風牙 (創元日本SF叢書)

過剰共感能力。能力だって? ただの障害だ。他人と自分の五感の区別がつけられないなんて。この子は他者とまともなコミュニケーションもとれず、一生自己を確立することもできず、こうやって呆けたまま過ごすしかないんだよ。せっかく産まれてきたっていうのに、哀れなことだ。

翻訳者(インタープリタ)とは,データ化された記憶に潜行(ダイブ)して再構築と,他者に理解できるような一般化を手がける技術者のこと.過剰共感能力を持つ珊瑚は,トップの技術を持つインタープリタとして記憶翻訳を手がけていた.

第5回創元SF短編賞受賞の表題作から始まる,記憶をめぐる連作短編集.記憶によって構築される世界と,自己と他者の区別が曖昧になるという「過剰共感能力」をキーに語られる四つの物語.子供の頃の記憶に存在する犬,「風牙」.〈九龍〉と名付けられた仮想都市のアトラクションに植え付けられた「恐怖」を探る「閉鎖回廊」.過剰共感能力を持った人々が集まる施設での母との再会を描く「みなもとに還る」.そして,過剰共感能力者の家族崩壊を描いた前日譚,「虚ろの座」

特殊な生い立ちを持つ主人公,珊瑚の関西弁の語りが柔らかい.描かれる出来事にオブラートをいくつもくるませたような,不思議な読みやすさがある.最後の章ではそのオブラートが剥がされるのだが,そこにあったものは……,みたいな.テーマの柱は一貫しているのに,一話ごとにぜんぜん違う話を読んでいるかのような,読後感が違うのもまた不思議な感じ.次は長編を読んでみたいな,と思いました.