デイヴィッド・ピース/黒原敏行訳 『Xと云う患者 龍之介幻想』 (文藝春秋)

Xと云う患者 龍之介幻想

Xと云う患者 龍之介幻想

「おい、聞えるか? お前は生れて来たいか?」

君の父親が母親の生殖器に口をつけて、こう尋ねている。――

「よく考えた上で返事をしろ。……」

父親は襖側の畳に這いつくばり、電話でもかけるように生殖器に口をつけて、こう尋ねる。――「お前はこの世界へ生れて来たいのか? どうなんだ?」

尋ねる度に、返事を待つ間、父親は卓子(テエブル)の上にある消毒用の水薬を口に含み、嗽いをし、母親の尻のそばに置かれた金盥に吐く。それから元の姿勢に戻り、口を生殖器につけて、また尋ねる。――「さあ、さあ、どうなんだ! お前はこの世界へ生れて来たいのか?」

これは,鉄の城の一つにいる患者X(ペイシェント・エックス)が語る,幻想と狂気に満ちた小説家芥川龍之介の物語.芥川龍之介の生涯を12の連作短編でたどってゆく.夏目漱石や菊池寛といった実在の人物や,明治の終わり,東京大震災といった現実の事件に,芥川作品の作中人物や芥川作品の思想が形を持って重なってゆく.

訳者あとがき(の著者の言)によると,芥川作品の英訳をコラージュする手法を取っているとのこと.類書として『高慢と偏見とゾンビ』をあげている.正直なところ,自分が芥川作品をあまり読んでいないので,十全に面白がるには教養が足りなかった.「~とゾンビ」を読んだ時は,(当時は気力があったので)あらかじめ『高慢と偏見』を読んで臨んだらとても楽しかった.巻末の参考文献リストと訳注をたどってから,再読してみるほうがよい,というかそうしないともったいないかもしれないと思った次第.



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