柴田勝家 『ヒト夜の永い夢』 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

御輿の中にあるもの、それは人の姿をした人ならざるもの。

切りそろえられた黒髪、瞳には月の如く深い輝き。その唇は芙蓉石に似た淡い赤。真白なる肌には絹の光沢。金襴袈裟を纏い、神聖さを漂わせる少女の偶像。

思考する自動人形――天皇機関であった。

昭和2年.和歌山で暮らす博物学者,南方熊楠のもとを超心理学者の福来友吉が訪ねる.福来に誘われて秘密結社「昭和考幽学会」に加入した熊楠は,会員たちと協力して粘菌コンピュータによって思考する自動人形,「天皇機関」を完成させる.天皇機関を新天皇に披露することを目論んだ昭和考幽学会員たちは,やがて昭和初期の動乱に巻き込まれてゆく.

新天皇即位に合わせ,昭和の奇才・天才・変人たちが集い開発した「天皇機関」が世界を変革する.登場するのは南方熊楠をはじめ,福来友吉,宮沢賢治,江戸川乱歩,西村真琴(學天則の製作者)などなど.「昭和やべえやつらアベンジャーズ」と呼ばれるのは伊達ではない.

粘菌と脳,並行する宇宙と幻覚と夢物語の相似を,仏教の世界観と昭和初期のわちゃわちゃした空気のなか語ってゆく.テーマがテーマだけに構えて手に取ったら,これがとても読みやすい.還暦前のおっさんたちが繰り広げるやり取りが思いのほかユーモラス.キャッキャウフフの場面が水木しげるか唐沢なをきで脳内に再生される.もちろん締めるべきところは締めており,全体でバランスが取れていると思う.夢から始まり夢に終わる.それでいて儚いかというとそうでもなく,変にどっしりとした存在感がある.今の時期にふさわしい,良い読書でした.



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