小川哲 『嘘と正典』 (早川書房)

嘘と正典

嘘と正典

「同じ問いを、共産主義に当てはめてみましょう。現在の共産主義思想は、マルクスとエンゲルスが共同で書いた『共産党宣言』が元となっています。マルクスとエンゲルスのどちらかがいなかったとして、共産主義は存在していたでしょうか?」

零落したマジシャンの父が,最後に披露した時間マジックの仕掛けを描く「魔術師」.末期がんの父が馬主クラブに遺したたった一頭の馬をめぐる歴史「ひとすじの光」.過去を何度も「抹消」することで未来を手に入れようとしたあるドイツ人の話「時の扉」.音楽を「貨幣」や「財産」として管理している,フィリピンのある島の物語「ムジカ・ムンダーナ」.虚無が通り過ぎ,「流行」が消え去った世界を描いた「最後の不良」はこの中では異色の短編.表題作「嘘と正典」はCIA工作員が共産主義の消滅を目論み歴史への戦争に挑む.

描かれるのは「歴史」と「時間」.あと父親との関係が多く書かれるのは意図的なものなのかな.帯には「SFとエンタメ」を謳っているけれど,それ(だけ)を期待して読むと良い意味で裏切られることは必至.強い余韻を残す中短編集になっている.「魔術師」は下のリンクから無料で読めるので,ぜひ読んでみてくださいな.



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