柴田勝家 『ワールド・インシュランス 02』 (星海社FICTIONS)

ワールド・インシュランス 02 (星海社FICTIONS)

ワールド・インシュランス 02 (星海社FICTIONS)

「なら聞くが、彼女は一体何を盗んだんだ?」

その問いかけに、ビッグマックがぴたりと動きを止める。大きな体を窮屈そうに長椅子に収めながら、彼は指を組んで悩む素振りをみせた。そうしてカインが何も言わずに待っていると、やがて意を決したのか、静かに口を開いた。

「七十八人分の人生、だ」

スタンフォード・ブリッジで行われたチェルシー対ディナモ・ブカレスト戦の最中.ロイズの保険引受人(アンダーライター)カインは,スタジアムでテロ未遂犯のルーマニア人女性クリスを取り押さえる.ルーマニアからの不法移民であるクリスは,母国の福祉制度を崩壊させかねないある情報を持ち出していた.

画期的な年金制度の導入によりヨーロッパ有数の福祉国家となったルーマニア.しかしその裏には,数十年前に崩壊したチャウシェスク独裁政権の闇があった.英国ロイズの日本人アンダーライターを主人公にした「近未来保険アクション」の第二巻.むちゃくちゃ面白かった.吸血鬼の国が生み出した,国民すべての生体データを活用した年金制度.公開されることでそれを崩壊させかねない七十八人の生体データ.国から追われ,地下に隠れて暮らす“チャウシェスクの子供たち”と,彼らと共に暮らす元秘密警察.古い社会と新しい世界の間で翻弄される人々の戸惑い.すべての要素が刺さってくる…….あとがきで触れているように,社会科学,人文科学の方面から描いたSFの秀作だと思う.

「吸血鬼」を自称する不思議な女性クリスとの,ロマンスとも言えないロマンスと,ブカレストの街を走り回るカーアクションは劇場版ルパンのような雰囲気がある.読んでいてビジュアルが目に浮かんだ.重い雰囲気が漂うけれど,エンターテインメントとしても一流だと思う.良かったです.