柞刈湯葉 『人間たちの話』 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

だってそうじゃないか。

生物は本能的に死を恐れるものである。とか、

親から与えられた生命はかけがえのないものである。とか、

そういう話を聞くたびに、僕は自分の命が遺伝子によって書き込まれた呪詛のように思えてならなかった。原初の地球の海でなんらかの偶然で生まれた最初の生命が、「生存したい」という欲求をどんどん肥大化させて、そのための分子機構をどんどん複雑化させ、人間のような巨大な塊を創り上げてしまった。もはや何かしらの罰としか思えない。

でも僕たちにはちゃんと救いが用意されている。機能としての死が備わっているのだ。これが救いでなくて何だというのだろう?

記念日

理解も被理解もできない「他者」を探し続けた男の孤独を描いてゆく書き下ろし表題作「人間たちの話」がこの本のベスト。「ファースト・コンタクトは探査機による発見ではなく会議による認定だろう、という個人的確信」(あとがき)がこういう話になるのはどういう頭をしているのか(前提からしておかしいが)。ストレートに「人間」を書いた、SFに普遍的な小説だったと思う。

「つらい監視社会」の時代は幕を閉じ、「たのしい監視社会」の時代がやってきた。タイトル通り、超監視社会を楽しく生きる若者たちの日常を描いた「たのしい超監視社会」もよかった。こういう価値観のねじれを書いた話が好きということもあるけど、この作者が書いてこそのテーマだと思った。

『横浜駅SF』の柞刈湯葉による初の短篇集。表題作に合わせたわけではないんだろうけど、作者独特の人間観と、独特の力の抜けたユーモアが合わさり、独特の余韻を残す不思議な作品集になっていると感じた。ドライな部分とウェットな部分が同じ面に交錯していて、読んでいて変なところで心を震わされるというか。あとがきと自著解説がついていたのはそういう意味で理解の助けになってよかった。読むなら最後まで必読。とても読みやすいし誰にもすすめやすいんだけど、とても複雑な短篇集でもありました。



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