- 作者:周藤 蓮
- 発売日: 2020/05/09
- メディア: Kindle版
「海で溺れている時に、『これは浮くかな? 安全かな?』なんて思いながらしがみつくものを探す人がいますか? 違いますよ。人は溺れたら、まず何かにしがみつくんです。それが浮くかどうか、助けてくれるかどうかもわからないまま」
煙草が欲しいな、とシーモアは視線を進行方向から逸らす。
「そして、生きている人は皆溺れています」
こんなにも成熟した大人に、知らないことがあるというのがシーモアからすると不思議だった。
溺れながらも、それでも何かを抱え込む幸せを。
シーモア・ロードが運び屋稼業を企業化してから一ヶ月が経った。どこかへ追いやられている、そんなことを感じながら表社会の仕事をこなしてきたシーモアを、ある日刑事のブライアン・コスナーが仕事を依頼しに尋ねる。その仕事とは、脱獄した殺人鬼、『ボーデン家の死神』を捕らえることへの協力だった。
大戦がこの世界から精神的な規範を奪い去った。信じていた価値基準が崩壊し、あらゆるものが相対化され、世界には空虚だけが残された。そんな世界に「確かさ」を取り返したいと「死神」は言った。人々の願いや妄想、情熱が現実に形になるという、SFやファンタジーではオーソドックスなテーマではある。陳腐な感想になってしまうけど、本邦の現状と重ね合わせてしまう。
世界から逸脱した存在にさえ、倫理観と価値観があって、それから逃れられない。『バーデン家の死神』を、まるで子供、もしくは過去の自分を見るような目で見るシーモアの視点には、諦観に似た空虚さがある。相変わらずこのシリーズはまとまっているのかまとまっていないのか、読んでいてもさっぱりつかめない。書きたいものを書いているのだろうということはとてもよくわかる。価値観が消える・生まれる・変化する話は個人的に大好物だし、できる限り続いてくれると嬉しい。
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