柴田勝家 『アメリカン・ブッダ』 (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

ジョン・ヌスレは自分の職業に誇りを持っていた。

空港で働く検疫官だった。感染症を国内に持ち込ませないという、崇高な使命を持った仕事である。ただし動植物や食べ物に対する検疫ではない。それは人から人へ伝染し、流行すれば甚大な被害を及ぼすもの。比喩的には病原体とも言えるだろうが、感染した時には体よりも思想に害をなすだろう。

つまり物語である。

生まれたときからVRゴーグルを装着し、仮想世界の中で生き続けることを選んだ少数民族の記録、『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』『鏡石異譚』。東北に建設された国際リニアコライダーとともに成長したある女性の、記憶と時間にまつわる物語。『邪義の壁』。実家に古くから伝わる「ウワヌリ」と呼ばれる白い壁に込められたもの。『一八九七年:龍動幕の内』。ロンドンに渡った南方熊楠は、留学中の孫文とともに「天使」を目撃する。『ヒト夜の永い夢』のスピンオフ。

『検疫官』。物語を病気として扱う世界唯一の国で検疫官として働くジョンは、国と世界が物語に敗北する様に直面する。自分も含めて「人間は物語に生かされている」という価値観が一般的だと思っていたので、それを逆転させるとどうなるか、みたいなある意味残酷な雰囲気が出ていた。

『アメリカン・ブッダ』。“大洪水”と名付けられた大災害と暴動によって、国民の多くが現実を見捨てたアメリカ大陸。国に残ることを選んだ、仏教徒のインディアンの語りかけによって、新たな宇宙観を得た仮想世界のアメリカは大きく揺れ動く。

六篇を収録した著者初の短篇集。宗教や民俗学といった題材と、VRやILCといった最新技術を融合させることで世界の中の世界、宇宙の外側の宇宙を表現し、社会と人間、感情を描いたSF、というのかな。個人的には長編よりもしっくりくる話が多かった印象があった。とても良いものでした。



kanadai.hatenablog.jp