酉島伝法 『るん(笑)』 (集英社)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

るん(笑) (集英社文芸単行本)

  • 作者:酉島伝法
  • 発売日: 2020/11/26
  • メディア: Kindle版

濃い影が動いた気がした。振り向くと、さっき言葉を交わした女が、砂の中から引きずり出されているところだった。砂まみれの施療服姿のしなだれる様は、茹ですぎた春菊めいていた。

「おい、聞いたか。平熱が三十八度に引き上げられたって」

誰かがそう話すのを聞いた。

薬なんて飲んじゃだめ、自分の免疫を信じてあげて! と妻に言われ高熱の日を送る「三十八度通り」、末期の癌、もとい蟠りことるん(笑)に侵された女性の治療を描いた「千羽びらき」、猫の存在しない町のある少年の冒険「猫の舌と宇宙耳」の三編を収録。科学的見地が軽視され、スピリチュアルでオカルトで恣意的な考え方が支配的となった美しい国、日本。平和を守りながらも衰退の一途をたどる社会をスナップショット的に切り取った短篇集。「奇才・酉島伝法がはじめて人間を主人公にした作品集!」というだけあって(?)、作者一流の作風もありつつ、風刺と皮肉をストレートに効かせている印象。体調不良の描写が真に迫りすぎて、読んでいるうちにつられて体調が悪くなる。高熱を出した日に見る悪夢をそのまま描出したような。年を跨いで読むのに相応しい、ひたすら気味の悪い小説でした。