蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale (ハヤカワ文庫JA)
- 作者:花田 一三六
- 発売日: 2021/02/17
- メディア: Kindle版
私に残されていたのは、走ることだけだった。
――失礼。良く云い過ぎた。他に上手い策が思いつかなかっただけだ。裸で坂道を全力で駆け下りるなどという経験は、おそらく一生に一度のものだろう。二度とやりたくもないが。『衣服を着けずに運動を行うことによる精神的影響に就いて』とか何とか、小論の一つでもでっち上げられるかもしれない。少なくとも、改めて学んだことがあった。
世の中は意外と、やればできる。
蒸気と幻燈が妖しくゆらめく1871年の世界を、ぼんくら三文小説家と口の悪い少女妖精のデコボココンビが征く。旅行記の体を取っており、語り手の小説家が異郷で見聞きしたものや出会った人、同行する毒舌妖精ポーシャとのやりとり、そして何やら変なことに巻き込まれたらしい境遇をユーモラスに語ってゆく。どうも結構なゴタゴタに巻き込まれた様子は窺えるものの、語りが妙にのんきなせいであまりそうは見えない、というのが話のミソと言える。こういうのも信頼できない語り手と言うのかな。さらっと読んでも楽しいし、アヴァロンでの出来事やこの世界を深く考察するのもまた楽しい。よいフェアリーテイルだと思います。