『ALTDEUS: Beyond Chronos Decoding the Erudite』 (ハヤカワ文庫JA)

「僭越ながら、一つ質問をお許し下さい、ジュリー博士」ずっと黙っていたチルチルが、不意に口を開いた。「あなたのおっしゃるところの『人』の定義をご教授下さいますか」

「定義など必要ないさ。なにせ――君が人になった瞬間に世界の様相はがらりと変わってしまうから。これは比喩でも何でもないただの事実だ」

西暦2080年。メテオラと呼ばれる謎の巨人の襲来によって、人類の社会と文明は完膚なきまでに破壊された。生き残った人類が地下に逃れておよそ160年。地下都市A. T. ――〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)で、私は過去を回想する。

原作シナリオ執筆陣による、VRゲーム『ALTDEUS: Beyond Chronos』のスピンオフアンソロジー。2080年のメテオラ襲来による渋谷崩壊を描いた高島雄哉「Mounting the World ――世界実装」。富裕層と貧困層に二極化された2150年代の〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)を描くカミツキレイニー「JULIE in the Dark」。2220年代、完全にディストピア化され確実に弱りつつある社会で、評議員のミチルとAIのチルチルは子どもたちに踊りを教えていた。人の定義を、そして人としての喜びを問いかけ、青い巨人のバレエダンスが美しい小山恭平「Blue Bird Lost」が個人的にはベストかな。原作の監督柏倉晴樹の手による「Decording the Erudite」は、〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)をその誕生から見守り続けたジュリー博士の、姉との葛藤を描く。

ゲームのスピンオフではあるけれど、古今東西の様々なSFに影響を受け、実績のある作家によって書かれた短編は意外なほど骨太。あらすじと設定を読んで気になったなら読んでみていいのではないでしょうか。


「……本物のタイムトラベルは、きっと少しだけ、悲しい」

「……? なんだそれ。タイムトラベルでもしたことあるような言い方だな」

「ないよ」

姉は少し困った顔で笑った。



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