鳩見すた 『水の後宮』 (メディアワークス文庫)

同僚が殺されかけたのに宮女たちがのんきなのも、市井の感覚が欠落しているからかもしれない。後宮において「宮女の命が軽い」というのは、事実を超えてもはや常識であるようだ。

それを悟った水鏡は、顔には出なかったが戦慄を覚えた。

浮世離れした後宮という世界には、いまだ慣れることができない。

姉がこんな世界に望んで入った理由も、まるで理解できない。

狛江と黒川。二つの大河が交わるこの地において、宮城は水の上に建てられた。水の後宮に住むのは、妃嬪と宮女たち、およそ三千人。商人の娘だった水鏡は、後宮に水夫として入宮し、一年足らずで遺体となって帰ってきた姉の真相を探っていた。

水に浮かぶ後宮。商家の生まれの目利きを活かし、水鏡は水面が映す真相に舟を漕ぎ寄せる。側室たち、宮女たち、宦官、皇太后、皇太弟と、一癖も二癖もある登場人物たちが織りなす、じっとりした質感の後宮ミステリ。細やかなところまで目配せが利いており、非常に濃密な物語になっている。司舟司としての職分と身分の違い故に、直接顔を見ることが出来ず、水面に浮かんだ表情から心の裡を見る描写がよい。目の前の点心メニューをいかに美味しくいただくか、自分の腹具合と相談して決める、解決後のくだりはほどよく力が抜けている。緩急の利いた、読ませるミステリだったと思います。