安野貴博 『サーキット・スイッチャー』 (早川書房)

「これは単なる遂行実験ではありません。現実の問題です。自動運転車ではこのような状況に実際に遭遇することがあります。坂本社長が作ったサイモン社の自動運転アルゴリズムは線路をどちらに切り替えるか、日々決定しています」

ムカッラフは振り向いて、坂本の方を見て問いかける。

「そうでしょう? 坂本社長? この問題のことを何と言いますか?」

「と、トロッコ問題」

2029年。人の手を一切介さない完全自動運転車が普及した日本。自動運転アルゴリズムを開発したサイモン・テクノロジーの創設者坂本は、ある日、自動運転車内で襲撃され拘束される。「ムカッラフ」を名乗る襲撃犯は、「坂本は殺人犯である」と宣言し、拘束の様子を全世界に配信し始める。

完全自動運転車が日常となった近未来、社会を大きく揺るがすトロッコ問題の存在が明らかになる。自動運転アルゴリズムは、人命のかかったトロッコ問題をどのように判断するのか。第9回ハヤカワSFコンテスト最優秀賞受賞作。自動運転車の普及に伴い起こりうる現実的な問題を、非常にスッキリした読みやすい解説に乗せて描き出すテクノサスペンス。強い問題意識を感じさせるものでありながら、エンターテイメントとしてもスリリングで一級。コミュ障気味の坂本社長の喋り方が実にそれらしいのも楽しい(『声で魅せてよベイビー』を思い出した)。

それにしても、大賞の『スター・シェイカー』と比べると「移動」や「道路」という似たものを扱っているにも関わらず、読み口があまりに正反対なのが、なんというかこの賞の懐の広さを感じさせるというべきか。とても良い作品でした。



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