柞刈湯葉 『まず牛を球とします。』 (河出書房新社)

「アルバムなんて概念は音楽をCDで売っていた時代の名残であって、今は好きな曲をプレイリストにして聴くものだよ」

と同僚の男性は言う。そいつは毎日スピーカーに、「今日の気分に合った曲」と言って、彼のパーソナル・サービスと連動した配信サイトが選んだ曲を聴いている。悪くないやつだけど音楽については絶対に分かり合えない。ああいうやつは将来的に機械の奴隷となって地下室で歯車についた棒を回し続けるだけの人生に喜びを見出すのだ。

全十四編の短編+あとがきを収録したSF短編集。『未来職安』を読んだときもちょっと感じたけど、シンプルかつシニカルなようでいて、意外と余計な情報量が多い。神は細部に宿る、じゃないけど、そのあたりの夾雑物みたいな部分が味なのだと思う。後半の短編に行くほど、ウェットでナーバスで情報量が増えていった気がした。気のせいかもしれない。

牛肉は食べたいが、動物を殺すのは抵抗がある。そんな人類が取った手段は、牛を球にして培養することだった。表題作「まず牛を球とします。」。世界でいちばん退屈かもしれない、女子高生が「数を食べる」話。わずか6ページに様々な感情が溢れてくる「石油玉になりたい」。月面の丘に腰掛けて、地球と月の自動的な戦争を眺める兵士が陥った狂気の果て、「ルナティック・オン・ザ・ヒル」。新型ウイルスがまん延する中、ダンボール箱を頭からすっぽり被って出かけた男の自意識、「令和二年の箱男」。元王朝の暦を作成する天文官が気付いたこの世界の存在意義、「改暦」。1945年8月、広島に落とされた原爆は不発に終わった。「沈黙のリトルボーイ」。この辺が特に好き。手軽に読めて気楽に楽しい、たまにぐさっと刺さるものが混ざっている。良い短編集でした。



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