「弱者の共感では、強者の正論に勝つことはできない。……けどな、カヤト」
駅に着く。
僕たちは足を止めて向かい合った。
「強くならなきゃ生きていけないなら、それはこの世界が間違ってる。俺は弱虫かもしれないが、間違ってはいないぞ」
秋の函館駅前、11時14分36秒。東京から修学旅行に来ていた麦野カヤトは、ここで世界の時間が止まる瞬間に遭遇する。周囲の何もかもが静止した中で、カヤトは自分と同じように動ける地元の少女、井熊あきらと出会う。止まった時を動かす手がかりを求めて、カヤトとあきらのふたりは東京を目指すことになる。
恐ろしいものは、すべて未来で待っている。なのに未来という言葉には、いつだって前向きなイメージがつきまとう。
なぜなら、そう思わないとやってられないからだ。
函館から東京へ、数ヶ月に渡る0秒の旅。ボーイ・ミーツ・ガールから始まるロードノベル。徒歩で青函トンネルをくぐり、高速道路を南下しながら、ふたりはお互いについて語り合う。太陽は動かず、風も吹かず、雨は空中に留まり続け、ふたりだけが動ける世界。時間SFとしては都合の良すぎる(というようなことを作中でも言っている)小説ではある。ちょっとネタバレになるけど、時間が停止した理由も、それが解消する過程も、笑っちゃうくらいあっさりしているのよな。「嘘と痛みのない世界」はどこにもない。そのこと自体が、恐ろしいものが待っている「未来」に残った希望を意味しているのだと思った。あとがきで言う「誰かの暗い安心感」に強く寄り添う、優しい物語だったと思います。