ヰ坂暁 『舌の上の君』 (集英社)

異世界はいつまでも異世界ではないのかもしれない。別な世界から放りこまれた俺もその内側に取りこまれ、いつしか順応していく。異郷の空気や水、食い物の味に慣れるように。

俺が「異世界人」でなくなる日が遠くない将来、きっと訪れる。アイサが熟す時と一体どちらが先なのか。

実際に帰れるかどうかより、今はそのことが恐ろしかった。

料理人、厨圭。日本から迷い込んだ異世界で、彼の命は間もなく尽きようとしていた。どことも知れず、言葉も通じない異世界の砂漠で、現地人の少女アイサに命を救われたクリヤ。自分を受け入れてくれた君府の生活に徐々に馴染んでゆく中で、この異世界の恐るべき真実を知ることになる。

至上の美味を持ち、食べられるために育てられた少女アイサ。異世界人のクリヤは、少女と心を通わせながら、彼女を調理する日を迎えることになる。第2回ジャンプホラー小説大賞編集長特別賞受賞のデビュー作。異世界に転移してしまった料理人が現地の習慣と価値観に翻弄される。一言で言うなら「ミノタウロスの皿」を掘り下げた感じかなあと読みはじめたら、あっという間に引き込まれた。日本人と異世界人の価値観、死生観の違い。死者を調理して食べ、永遠に一緒になることを願う食葬(ガナザル)という習慣。その「異世界」に取りこまれてしまうかもしれないことへの恐怖。穏やかでありながら、何かが隠されたまま流れる時間。人肉の味。静かなテキストで語られるすべてのディテールがあまりに好きすぎる。

ホラー小説ではあるけど、怖さより哀しみばかりが募った。最新作の『世界の愛し方を教えて』があまりに好みの傑作(こちらも「異世界」の小説だったね)だったので急ぎ読んでみたら、こちらもまた大傑作でした。



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