『Genesis この光が落ちないように 創元日本SFアンソロジーV』 (東京創元社)

八島游舷「天駆せよ法勝寺[長編版]序章 応信せよ尊勝寺」は、第9回創元SF短編賞受賞作の長編版のプロローグ、つまりタイトル通り。物理学ならぬ佛理学パンク。「天駆せよ」はあまりピンとこなかったのだけど、これは素直に楽しかった。長編版を楽しみに待ちます。

宮澤伊織「ときときチャンネル#3 【家の外なくしてみた】」。これも百合SFになるのかしら。もう手慣れたもの、良くも悪くもすっと入ってくる。

表題作は菊石まれほ「この光が落ちないように」。もともとハードめのSFでデビューした作者だけあって描くべきものは描いていると思うけど、初短編だけあってかちょっと詰め込み気味だとは思った。こちらも長編で読みたいな。

このことは案外真実を言い当てていたのかも知れない。AIに苦手なこと、というより欠けているのは身体性なのだ。AIは音楽演奏を、食事も水も取らず、休憩なしで何時間もぶっ続けでこなすが、そこに感動はない。身体性のない音楽は退屈なのだ。

星から来た宴

水見稜「星から来た宴」。宇宙からの電波を言語的、あるいは音楽的に解析するミッションの最中に起こった出来事を描く。水見稜を読んだのは初めてだったのだけど、第一印象が「文章が美しい……」だった。「宇宙に進出した人類と音楽」がテーマにあるとのことで、静と動、無音と音楽を、端正な言葉で描いていると感じた。

「考えちゃいるけど、“意味”なんてないよ。ただ、カワイイと思うからやってるだけ。カワイイアタシになるためにそうしてるだけ」

さよならも言えない

服装や身なりを数値化した上で社会的スコアとして運用するようになった社会。システムを運用していた女性は、スコアをまったく気にしない少女に出会う。空木春宵「さよならも言えない」は個人的には今回のベストだった。典型的なディストピア小説ではあるのだけど、現代的な問題意識と、分かりあうことのできない絶望感みたいなものががっちり噛み合ってこれ以上ない物悲しい気持ちにさせられた。タイトルの意味がわかってしまった瞬間の感覚はそうそう味わえないよ……

巻末は第13回創元SF短編賞受賞作、笹原千波「風になるにはまだ」。身体を捨てて情報生命体になった女性が、かつての友人たちと再会するために一日だけ身体を借りる。生地の手触り、嗅覚といった「身体性」を、身体を捨てた人間を通して語るのが新鮮に感じた。電脳化して得られるものもあるけれど、失われるものもあまりにも多い。現代SFだからこそ理解できる部分、なのかもしれない。