東崎惟子 『王妹のブリュンヒルド』 (電撃文庫)

現れたのは醜い化け物だ。千切れた翼に白濁した片眼。鱗はなく、肌には無数の傷が走っていて、気の弱い者ならば見ただけで卒倒してしまうだろう。だが、その尋常ならざる風貌とは裏腹に、竜の視線は弱々しいものを孕んでいた。どこか負い目を感じているような眼でヒルダを見つめていた。

だが、ヒルダはその視線に笑顔を返した。そして竜の爪に触れて言った。

「とても綺麗よ」

森の小屋にひとりで暮らしていた女、ヒルダは、ある日傷だらけで死にかけの竜に出会い、命を救う。王国で実験生物として扱われていた竜は、王国からの追撃部隊によって殺され、ヒルダも王国に捕らわれてしまう。ヒルダは、かつて王国から追放された王妹、ブリュンヒルドだった。

「化け物」

重ねて言った。憎悪の言葉だった。

「この化け物」

「暗愚の女王」以降凋落しつつある王国から追放され、最愛の竜を殺された挙げ句、実の兄である王に娶らされる。ブリュンヒルドの物語第四部、王妹の復讐譚。飾り気なく語られるのは憎悪、復讐、貴賤交替、因果応報。シリーズ通しての特徴だけど、神話的というか、おとぎ話的なところがある。そういう意味では、ファンタジー小説のような、いかにもな救いがないのは正しいのかもしれない。あとがきで語られるもう一つのエピローグまで含めて救いがない。よかったです。