「のーないほかんびょう?」
「はい,脳内補完病.てゆーかイントネーションが違います.脳内補完病,です」
俺の問い掛けに,少女が答えた.
「脳内補完病,ねぇ……」
俺は目の前に立つ少女を改めて見る.少女は中学2年生くらいだろうか.
「あなたは脳内補完病ウィルスのキャリア,つまり感染者なのです」
「はぁ」
間の抜けた声で返す.年の割りに難しい言葉を知っている.きっとしっかり者の娘さんなのだろう.そういえば優等生っぽい顔をしている.眼鏡かけてるし.そこで判断する俺もどうなのかな.
「いいですか? 脳内補完病ウィルス,以下 NのーないHほかんびょうVうぃるす と表記しますが,」
表記ってなんだよ.つか,そんな芝居がかった話し方しなくても.演劇部員なのかな.よく見るとなんか衣装が変だし.……魔法少女? じゃあさっきから振り回しているアレは,魔法のアイテム? それがなんでマイナスドライバー?
「NHV は滅多なことでは感染しません.感染経路が限られているうえ,感染力もとっても弱いのです.キャリアが見つかること自体稀なのです.潜伏期間はまちまちで,感染即発症のひとから死ぬまで80年以上も発症しなかった例まであってよくわかっていないのですが,発症したからといって命に関わるとか,そーいったことはまったくないのでそこは安心してください」
「はぁ」
相変わらず間の抜けた返答しか出来ない俺.心なしか,少女の表情が曇ったような気がする.しっかりしているようで元気娘のようで強気のように見えるけど,案外さびしがりやなのかもしれない.
「肝心なのはここからです.脳内補完という言葉は知っていますね? この脳内補完病は,発症者の脳内補完で,世界を補完してしまう病気なのです」
「はぁ」
世界を補完ときたか.訳わからんけどどっかでそんな話を聞いたような気もする.なんだったっけ.この娘の青い髪を見ているとなにか思い出せそうな気がするんだけど.
「わかりますか? 脳内補完とはつまり,世界の不足している部分,わからない部分,手に入らない部分を想像することで自らのものにする,そういった作業だったわけです.それは脳内で完結していますので,実際に何かが変化することはありませんでした.まあこう言ってはなんですが,不毛ですね.オナニーと一緒ですね」
……女子中学生がオナニーとか言うなよ.あ,今ちょっと顔が赤くなった.興奮すると周りが見えなくなるタイプなのかも.猪突猛進型.
「……それに対して! 脳内補完病発症者はその想像力が脳内ではなく,外へ向かって発揮されるようになるのです! 世界が『こうあってほしい』『たぶんこうだろう』『こうかもしれない』.そう有意識無意識に考えるだけで世界をそのままに変革してしまう力を持っているのです! この力,想像力と言うよりも創造力と呼ぶべきかもしれませんが,それを使いうる可能性のある存在が,つまりあなた! あなたなのです!」
少女は自分の言葉に酔ったのか,興奮してますます顔を赤くして声を張り上げる.よく見ると頭と両耳から湯気が吹いていた.うわぁ.人間て興奮しすぎると本当に湯気吹くんだ.はじめて見た.



魔法眼鏡青髪少女は演説を続けている.はっきり言って,彼女の語る内容はよくわからない.それ以前に頭からスルーさせている.わかるつもりも,考えるつもりも無い.率直に言えば面倒で退屈だ.
退屈な俺はさっきから彼女の尻尾を目で追いかけていた.ぴょこぴょこ動く尻尾はどうやら本物らしく,彼女の演説に合わせて踊っていた.尻尾があるならひょっとして,と思って視線を上にやると,案の定というべきか,その頭にはネコミミが生えていた.あれもやっぱり本物なのだろうなぁ.
「……NHV のキャリア,それはすなわち選ばれた人間なのです! むしろ神! ユーアーゴッド!」
いやゴッドて.