谷山走太 『負けるための甲子園』 (実業之日本社文庫GROW)

負けるための甲子園 (実業之日本社文庫GROW)

負けるための甲子園 (実業之日本社文庫GROW)

あのとき、甲子園の決勝であとアウト一つというところで啓人が投げたのは、ど真ん中の棒球。

つまりは、わざと打たれたのだ。

誰からも称賛されることはないだろう。期待を裏切り、踏みにじった。そしておそらく自分には、なにも残らない。

夏の甲子園決勝。筧啓人はそのマウンドに立っていた。1点リードで迎えた9回裏2アウト、啓人は逆転のホームランを打たれ、一千万円という大金を手に入れる。不可解な投球を問いただす捕手の矢久原を、啓人はある店に連れて行く。

第1回令和小説大賞選考委員特別賞受賞作。努力の末にたどり着いた甲子園の決勝で、彼はなぜ打たれることを選択したのか。デビュー作の高校卓球に引き続き、高校野球をテーマにしたスポーツ小説。……なんだけども、導入からリアリティラインをぶっ壊す、かなりの変化球が投げられる。正統派スポ根だった『ピンポンラバー』のようなものを想像していたのもあって正直かなり面食らった。そこが狙いでもあるんだろうけど、結構なもやもやを押し付けられたまま読むことになった。序章はそれだけで短編として完成しているし、結末は単体で悪くないと思う。しかしリアリティがブレブレなおかげで、たぬきに化かされたかのような、変な感覚でした。



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香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』 (電撃文庫)

――力がほしい。

なんでもいい。時を止める力でも、人知を超えた事務処理能力でも、なんなら無能な冒険者共に代わって私がボスをぶっ飛ばせるような力でもいい。

とにかくこの残業をなくせるならなんだっていい。強い力がほしい。

「全部ぶっ飛ばしてやるんだ……! 全部……!!」

ギルドで受付嬢として働くアリナ・クローバーは平穏を愛していた。終身雇用かつ毎日定時で帰れるために選んだ仕事だったのに、ダンジョンに現れたボスが原因で、ギルドに押しかける冒険者が急増して残業に追われる日々。平穏と定時を取り戻すため、アリナは単身ダンジョンへ向かう。

第27回電撃小説大賞金賞受賞。一攫千金を狙えるハイリスクハイリターンな冒険者ではなく、給料はそこそこでも平穏で終身雇用の受付嬢を選び、その立場を守るために戦う。いかにも現代的な、剣と魔法のお仕事ファンタジー&コメディ。なぜ必要以上に平穏を望むのか、理由付けがしっかりしているし、それをベースにした話運びも自然。無難にまとまっている印象が強いけど、悪くなかったと思います。

牧野圭祐 『月とライカと吸血姫6 月面着陸編・上』 (ガガガ文庫)

――私たちが月へ導いてあげましょう。

あの頃は邪魔者扱いだったコンピューターはプロジェクトの中枢となり、『打倒共和国』を掲げていたデイモン部門長は、共和国の人たちを相手に冗談を口にした。

世界は変わる。

そして、願いつづけた想いは、もうすぐ実現する。

東のツィルニトラ共和国と西のアーナック連合王国の共同計画、「サユース計画」が始動した。10年以上に渡って宇宙開発競争を繰り広げてきた両国が協力して月着陸を目指す、歴史的事業。ツィルニトラの宇宙飛行士、レフとイリナ、西のコンピューター技術者、バートとカイエは互いの文化と仕事の違いに驚く。

東西の二大国の共同事業「サユース計画」始動。アニメ化も発表された宇宙開発史の最新巻。司馬遼太郎が宇宙開発史を書いたらこうなったんだろうな、という雰囲気をなんとなく感じた。シリーズ全体に通じることだけど、ここまで書くのならノンフィクションを読んだほうが楽しいのではないか、みたいなことを感じてしまった。実際はこの巻からは史実から大きく離れることになるのだけど。虚と実のバランスというかさじ加減というか、難しいんだなと思わされました。



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達間涼 『PAY DAY 1 日陰者たちの革命』 (MF文庫J)

生きるために他者の命を奪う。生き残るためには仕方のないことだ。それがようやく、春期にも理解出来た。共に地獄に堕ちた友人と久しぶりに会話をし、どうにか現状を打破出来ないかと糸口を探した。それは結局徒労に終わった。しかし、収穫はあった。

そんな都合のいい希望はどこにも転がっていないのだと、諦めることが出来たのだから。

この町にはヒトを喰らう「日傘の魔女」の都市伝説があった。それから14年。魔女によって仮面の怪物《フォールド》の力を与えられた高校生の鳥羽春樹は、魔女に自分と少女の命を支払うため、「カツアゲ仮面」としてヒトの命を奪い続けていた。魔女に脅され、警察に追われる春樹の前には更に、完全無敗のヒーロー、ブレイズマンが立ちはだかろうとしていた。

まあ実際のところ、祈ったところで神様が助けてくれることもないだろう。

人を助けるのはいつだって、ただの人なのだ。

だからこそ、咄嗟に飛び出して行った彼女の背中はとても尊いものに見えた。

第16回MF文庫Jライトノベル新人賞審査員特別賞受賞作。魔女は言った、命を稼ぎなさいと。殺されないために自分の命を賭けてヒトの命を奪う仮面のヴィランたちの話から始まり、大切な誰かを守るために生きるヒーローの誕生と終わりの物語に収束する。カツアゲ仮面こと春樹と、ブレイズマンのふたりの主人公ともに主要な人物の家族関係が良好なものとして描かれるのがあまり見ない新鮮な感じだった。物語の緩急にちょっと難があったり、新人賞らしい粗さもあちこちに見られるのだけど、正義と悪を問う王道の変身ヒーロー小説だったと思います。

それから春樹は、彼の勇姿を目に焼き付けようと、その場に座り込んだ。

戦いに赴くヒーローの姿には目を奪われた。そしてふと、妙な物悲しさも覚えるのだ。

空に瞬くブレイズマンの戦いを眺め、ああ、花火に似てんだ。そう春樹は思った。

土屋瀧 『忘却の楽園I アルセノン覚醒』 (電撃文庫)

忘却の楽園I アルセノン覚醒 (電撃文庫)

忘却の楽園I アルセノン覚醒 (電撃文庫)

  • 作者:土屋 瀧
  • 発売日: 2021/03/10
  • メディア: Kindle版

「最高統治者は終身制。独身が慣例です。わたしにその機会が訪れることはないでしょうな」

「……役立たずな女め。子も産まず、男の真似事をして有頂天になっておる」

「シナーバ・ラ・モーレ……女は男に身を捧げ、尽くし、子をもうけよ、でしたか。ドラル神曲は黴臭い古典だと記憶していましたが、あなたがたにはまだまだ現役のようですね」

度重なる争いの末、地表の大半が海に覆われた世界。生き残った人類は、残留する汚染物質と〈旧世界病〉に蝕まれながらも、わずかな陸地と船上で社会を築き上げていた。訓練船での訓練期間を終えたアルムは、囚人移送船〈リタ〉への着任と、そこに封じられた少女、フローライトの管理を命じられる。

武器、科学技術、信仰の三つを放擲した新世界。モラトリアムを終えた三人の少年少女は、それぞれの出自と世界、運命に翻弄される。第27回電撃小説大賞銀賞受賞のSFファンタジー戦記。サブタイトルのアルセノンとは、人類を滅ぼす毒であり、覇権を握るための抑止力であり、ひとりの少女でもある。

世界が終わって長い時間が経ち、それでも変わらないものがあり、変わろうとするものがある。登場人物の多さや専門用語など読みにくいところはあるけど、物語の世界を一から造って、社会や価値観の変化をはじめとした大きな物語を描いていこうという気概をひしひしと感じた。これからの物語だと思うのだけど、応援したい気持ちになりました。