髙村資本 『恋は双子で割り切れない5』 (電撃文庫)

横断歩道を渡ると、純が「あの時は確か那織も居て、文句を言いつつも何だかんだで付いて来て、結局いつも通り三人で喋りながらだらだらと歩いたんだよ」と言った。

いつも通り、ね――前だったらそうだったけど、今は違う。

もう三人はいつも通りじゃない。いつも通りにはしたくない。

昔の通学路を歩いているのは、今のわたしと純だけ。「あったね、思い出した」

7月24日、僕の誕生日。幼い頃から家族も同然の付き合いだった双子、琉実と那織と三人で横浜に遊びに出かけていた。だけど、この関係ももうすぐ終わる。今日僕が想いを告げるから。

告白、夏の海、初恋の決着を描いた第五巻。百合SFアンソロジーや「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」Tシャツが特に脈絡もなく出てくるような小説であれば必然の着地点だったかもしれない。それ以外の引用出典も相変わらずしっかりしている。女の子たちだけの買い物の様子だったり、キャッキャウフフしながらもやけに時間がかかって面倒くさいところを、十分な尺を取ってぜいたくに描いている。とりあえずまだ続くということだけど、周辺のキャラの掘り下げをしていくのかな。引き続き期待しています。

塩瀬まき 『さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ』 (メディアワークス文庫)

「だって、世界はこんなにも広いのよ。娘を一番に愛せない母親がいたって、おかしくはないでしょう?」

賽の河原株式会社。就職先を決められないまま大学を卒業した23歳、佐倉至がようやく就職を決めたその会社の事業は、亡くなったひとから六文銭を受け取って三途の川を渡すこと。このへんてこな会社で船頭見習いになった至は、様々な事情を抱えた死者と出会うことになる。

誰にも愛されないまま逝ってしまったひとたちは、なんのために生きていたのか。純真で不器用な青年が、仕事と出会いを通じて手に入れたものと与えたもの。第29回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞受賞、「誰にも愛されなかった者たち」へ向けたすこしおかしなお仕事小説。とにかく書きたいテーマがあって、そこに肉付けしていったように見えた。この世界の宗教観はどうなってるんだという疑問が最初から最後まで残り続けるし、そういう意味では「うまい」小説ではないのだと思う。あとがきまで含めて嫌いになれない、生と死と愛の物語でした。

四季大雅 『ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』 (電撃文庫)

「自分自身もまた、自分の魂にとっては他人なんです。わたしたちが自分だと思っているものは自分ではない。自分は自分に感情移入しているにすぎない。だからわたしにとって、柚葉先輩こそが、自分よりも自分なんです。先輩にはそういうことが完璧にわかっていたから、だからこそ、天才だったんです――」

瞳を通じて相手の過去を読み取る能力を持つ大学生、紙透窈一。大学に入ってすぐにコロナ禍に見舞われ、退屈で憂鬱な学生生活を送っていた彼は、アパートを通りかかったトラ猫の瞳を通じて、未来視を持つ少女、柚葉美里と出会う。ミリが窈一に告げたのは、衝撃的な未来の話だった。

第29回電撃小説大賞金賞受賞、猫の瞳を通じて交わされるボーイミーツガール。シェイクスピアのエピグラフと訳者による解釈の違いの講釈から始まり、コロナ禍での鬱々とした学生生活、瞳を接続する能力と未来視の少女、隣の部屋から始まる連続殺人事件、そして唐突な演劇部入部と(胸毛の)濃い演劇部員の面々。息をつかせぬジャンル不明・怒涛のボンクラ展開を、端正な文章とあふれる教養で美しく、そしてわりと力技でひとつの物語として接続した印象を受けた。いわゆるアイデアの奔流というより、濁流に近い。そういうのが。

物語のための物語という意味では『わたしはあなたの涙になりたい』と共通しているのかな。話の本筋と関係ないところでボンクラめいた人物を描きたがるのは作者のヘキなのかもしれない。そういうのも良い。書きたいことを好き勝手にハチャメチャに詰め込んで、文章力でまるで美しいものかのように仕立て上げたこの感じ、好みはあるだろうけど本当に読んでて楽しかったしわくわくした。エンターテイメントはこうでなくっちゃ。皆も二作合わせて読むといいと思います。



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鶴城東 『衛くんと愛が重たい少女たち2』 (ガガガ文庫)

おそるおそる、首にあてた手を離して、見てみれば……手のひらに、少量だけど、血が……

「うそ、だ……」

首から、血が出ている? なんで血なんかが出る?

見れば、凛が口元を腕で覆っていて……あぁ。つまり、凛に、噛みつかれて……

7月も半ば。宵ヶ峰京子がアイドルを辞めて地元佐賀に帰って一ヶ月、すなわち従弟の衛と恋人になって一ヶ月。中学生レベルの恋愛観しかない京子の復讐計画はまったく進展していなかった。そんな折、同じアイドルユニットに所属していた京子のいちばんの親友、喜多河桂花が佐賀に遊びに来ることになる。

衛くんを取り巻く状況は、いったん整理されたかのようでいてますます混沌の度を増していた。元人気アイドルなのに内面はポンコツな現恋人の従姉。何を考えているのかまったく語ろうとしない姉。一人称の語りもあるのに言ってることがさっぱりわからない幼なじみ。そして、東京から佐賀へ思惑を抱えて遊びに来た落ち目の現役アイドル。

女と男、女同士の感情のぶつけ合いに、口だけではなく、当たり前のように手も出るし、それどころか歯まで出る。……怖い! 同性の親友だけが癒し。様々な感情が交差する物語ではあるけど、テキストは非常に整理されていて読みやすい。それだけに、何を考えているのかわからない人間が複数いるのが怖い……。看板に偽りなし。最高でした。ぜひ一巻からまとめてどうぞ。



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長月東葭 『貘2 ―真夏の来訪者―』 (ガガガ文庫)

その一部始終を見ていたのは、次元の穴の向こうからこちらを覗く、大きな大きな瞳だった。

其は〈獣の夢〉。《頭蓋の獣》。人工頭脳〈礼佳弐号〉の化身――あるいは、瑠岬センリ。

夢の世界の、絶対強者。

【――人工頭脳〈礼佳弐号〉から〈千華〉へ、大規模な演算介入発生!】

〈銀鈴事件〉から一ヶ月。呀苑メイアを加えた〈夢幻S.W.(セキュリティワークス)〉のメンバーは〈貘〉として再始動しようとしていた。謎の犯罪組織〈アトリエ・サンドマン〉による、総合夢信企業〈ゼネラル・ドリームテック(GD)〉社のイベントへの襲撃予告。護衛任務についていたトウヤたちは、GD社の創業者Fと、その一人娘ユリーカと出会う。

人工頭脳の発明によって生まれた夢信空間。現実世界と同じレベルで並立するもうひとつの世界が社会に何をもたらしたのか。夢と現実、ふたつの世界で繰り広げられるサイバーパンクアクション。設定が複雑かつ一巻からだいぶ間が空いてしまったのでほとんど忘れていたけど、冒頭の用語集や文中の説明はしっかりしており、フォローはびっくりするほど手厚い。

「あぁ気にしなくていいわよォ? さっきからアタシが説明口調になってんのは、患者の意識をこの空間に馴染ませるための催眠術みたいなもんだからァ。別にアタシの喋ってる内容を理解する必要はないわァ。お経か子守唄とても思って聞いてりゃいいのよォ」

夢信空間の存在がもたらした悲劇、その本当の原因は? 新しいキャラクターもそれぞれ印象的に描かれており、悲しい行き違いと解決が説得力のあるものになっていた。まっとうなジュブナイルであり、アクション小説としても楽しい。エンターテイメントとして完成されたものになっていると思います。