屋久ユウキ 『弱キャラ友崎くん Lv.10』 (ガガガ文庫)

そして――生まれてこのかた個人として生きてきたのに、自分を変え、世界の見え方を変えていくうちに、恋人でない誰かを唯一特別に思ってしまった、不誠実があったり。

俺たちはたぶん、小さな迷いや矛盾や不誠実を抱えながら、ときに見て見ぬ振りをしながら、少しずつ前に進んでいる。

たぶんそれが、あるがままの人間というもので。

時は三月、三年生への進級が近づき、日南葵の誕生日が近づく頃。友崎たちは日南をUSJ(アンリミテッド・スペース・ジャパン)に招待しての旅行とサプライズ誕生会を企画する。すっかり日南と話す機会がなくなってしまった友崎は、この旅行中になんとか話をしたいと考えていた。

ひとつ上の次元から世界に干渉していたパーフェクトヒロイン、日南葵。その胸の裡と、周囲に与えていた、自分でさえ気づいていなかったものについて。まず形から入るような行為でも、相手に届くものが確実にあるということ。「自分だけが特別」ではなく、「誰もが特別」でありそれが普通なのだということ。人間関係や人間の成長というものを、いろいろな機微を細やかに絡めながら、非常にポジティブなものとして描く。シリーズの特徴でもある、明快なテキストが良い方向に効いており、良かったとか面白かったよりも前に感謝のような不思議な気持ちが先に出た。終わりは何やら不穏だったけど……。続きを楽しみにしています。

針谷卓史 『前夜祭』 (二見ホラー×ミステリ文庫)

実際、彼が慢性的に負っている生傷について、それがどういう由来なのか、俺は知らない。

…………。

俺は知らない。

緋摺木高校学園祭の前夜。準備に追われて深夜残業していた教員たちは、いなくなった一人の教員が異常な状態で殺されているのを発見する。殺人犯がまだ校内にいることを警戒した教員たちは、朝まで職員室に閉じこもることを選択する。

開催されることのなかった学園祭の前夜祭。そこで何が起こったのか、そこに至るまで何があったのか。生徒と教師の視点からを描いてゆく。「世の中では、何を考えているのかわからない化け物のような奴が真人間の顔をして闊歩している」という一文に象徴される不条理な連続殺人、そして不条理な犯人と不条理な動機を叩きつけてくる。ミステリとしての体裁を保っていたのはわりと最初の方だけで、良くも悪くもひたすら不条理な殺人劇だった気がする。

菊石まれほ 『ユア・フォルマIV 電索官エチカとペテルブルクの悪夢』 (電撃文庫)

分かっている。

そんなことでたやすくそそげる罪など、存在しない。

気休めだった。

でも、それでいい。

気休めがなくなってしまったら、もう息ができない。

――本当の呼吸なんて、生まれてから一度もしたことがないはずなのに。

電子犯罪捜査局を標的とした〈E〉事件。その首謀者、トスティの開発者は実在しない人物だった。引き続き捜査を続けるエチカとハロルド。そんな中、アミクスを狙う殺傷事件が発生する。それは二年半前、ハロルドの相棒が殺された連続殺人事件、「ペテルブルクの悪夢」の再演だった。

人間にもなれないくせに、人間に近づくというのは、とても中途半端でしんどい。

――そう。

もう、しんどいのだ。

模倣され、再演される「ペテルブルクの悪夢」。二年半前の始まりの事件とその後の現在を通じて描かれるのは、過去の贖罪と、各々の「人間らしさ」について。人間が考える人間らしさ、人間がAIに求める人間らしさ、AIが人間に提供する人間らしさ、AIが自らの敬愛規律から生むAIとしての人間らしさ……。人間を模倣する神経模倣(ニューロミメティック)システムであっても決して人間そのものにはなれない。人間であるエチカと、AIであるハロルドの葛藤と苦悩を両面から仔細に描いており、社会の変化と併せて多層的、立体的に世界を描いていると思う。それだけに、正しい答えはおそらく存在しないことわかってしまい、息苦しく、小さな希望が愛おしい。テキストも引き続き読みやすく、ちょっとした部分で違いをつけるのが非常に上手い。これこそ、現在進行形のSFだと思います。

香坂マト 『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います4』 (電撃文庫)

「“残業と休日出勤は仕事が捗るからありがたい”とか言い出したら終わり、終わりなのよ……末期症状なのよッ! いつの間にか自分の平穏よりも仕事の優先順位が高くなってしまっている証拠……! それでいいのかアリナ・クローバー、いやいいわけがない! 目を覚ませ! 休日と定時帰りを潰されてありがたいわけあるかあああ!!!!」

今年は四年に一度の闘技大会。窓口担当に指名されてしまったアリナはまたもや地獄の残業の日々。そんな深夜残業のある日、アリナは闘技大会の賞品である貴重な純遺物(レリック)をうっかり壊してしまう。このままでは純遺物(レリック)を壊せる力を持っていることが知られてしまう。こうなったら、アリナ自らが出場して優勝してごまかすしかない。

この世界には冒険者ギルドのほかにもう一つのギルドが存在した。ファンタジー世界のお仕事コメディらしい導入の第四巻。始まりはドタバタだけど、絶対死なない、誰も死なせないという信念が、主人公の強さと、事務という仕事(残業つき)に根っこからしっかりと結びついている。物語として強いというか、文字通り、芯が通った物語になっているというか。今回で「白銀の剣」のメンバーの話はひとまずひと終えて、どういう方向にストーリーを広げていくのか。楽しみにしています。

雨井呼音 『お姉ちゃんといっしょに異世界を支配して幸せな家庭を築きましょ? 2』 (MF文庫J)

今回、登場人物の環境や生い立ちを描くにあたり、本文中に現実世界に起こりうる暴力が出てきます。読むにあたってそれらの描写が負担になるようでしたら、どうかご自身を労ることを優先していただければ幸いです。

異世界からこちらの世界に、学ランを纏った使者の兄が現れる。使者の兄は、異世界の支配者になった笈川葉桜()を元の世界に戻し、新たな支配者を迎え入れようと目論んでいた。小学生の小織を異世界の支配者にすげ替えれば、最愛の姉が帰ってきて、すべてが丸く収まる。それは果たして正しいことなのか?


だって私は、もうとっくに「素敵なお姉さん」になる気はなくなっている。

女じゃないと褒められて、男社会の仲間に入れてもらえることが嬉しくなっている。

貶められるのが嫌でもがいてきたはずなのに、いつの間にか貶める側になっている。

もう手遅れなのだ、私はきっと。

魔法なんかなくても、現実世界で最強だったはずの最愛の姉は、なぜ異世界に行ったのか。そう生まれただけで、軽んじられ、搾取され、騙される。目に見えない圧力のある現実ではあまりにも生きにくい女性や子供にとって、男尊女卑が社会システムに組み込まれた異世界や魔法とはどういう意味を持つものなのか。てっきりタイトル詐欺になるのかと思いきや、一周回ってタイトル通りの話に戻った。一巻と同様、かなり読みにくい小説ではあるんだけど、決してやりやすいとは言えないテーマに真摯に向き合い、正直に描いていると思う。冒頭に引用したまえがき(作者プロフィール欄)といい、結構な問題作なのではないでしょうか。あとがきが存在しないのだけど、ここで完結なのかな。続編か新作になるのかわかりませんが、引き続き応援したい所存です。



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