牧瀬竜久 『悪ノ黙示録 ―裏社会の帝王、死して異世界をも支配する―』 (ガガガ文庫)

だが仮にだ。もしも御伽噺のように、人生を再びやり直すことができるとしたら。

そして、そこに今の人格と記憶がそのまま宿されていたとしたならば。

「俺は――迷うことなく再び悪道を征く」

レオ・F・ブラッド。裏社会の帝王として、数十年にわたりすべてを手にしたその人生が、今まさに絞首台の上で終わろうとしていた。次の瞬間、目を覚ましたレオが見たのは、見知らぬ町、見知らぬ自分、見知らぬ世界だった。何の力も持たないスラムの少年として二度目の人生を生きることになったレオは、異世界で己の「悪」を貫くことを決意する。

第17回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞、異世界転生ピカレスクロマン。己の矜持である「悪」を胸に、前世で手に入れられなかったものを異世界で手にせんとす。世界なんてだいそれたものはいらない、自分たちの小さな庭と家族さえあればいい。そのための「悪」と、対照的に形のない「正義」、という物語のコンセプトはいいと思う。しかし、転生してからの話の流れがいくらなんでも都合よすぎるのが気になった。次巻以降でフォローは入るんだろうけど、ページ数の関係なのか、一巻の区切りが違えば印象も違ったのではないかと思った。

白金透 『姫騎士様のヒモ5』 (電撃文庫)

「同情とかじゃなくって、その、うまく言えないけど、分かった気がする」

「何が?」

「冒険者の人たちってね、笑ったり泣いたりするけど、すごく怖い目をしているの。どんなにお酒飲んでも酔っ払えないって感じで」

スタンピードを乗り越え、復興に向かう『灰色の隣人(グレイ・ネイバー)』だが、その途上で貧富の差は広がり、治安は目に見えて悪化していった。そんなある日、スタンピードの責任を取るという形でギルドマスターがとつぜん逮捕される。ギルドマスターが蓄えていたという隠し財産の在り処をめぐり、彼の孫娘エイプリルにまで懸賞金が掛けられてしまう。

剛腕で冒険者ギルドを取り仕切っていたギルドマスターが逮捕された。複数の勢力が小競り合いを続け、治安が最悪に陥った迷宮都市で、金貨百万枚と噂される隠し財産をめぐるバカ騒ぎ(ホースプレイ)が起こる。迷宮都市『灰色の隣人(グレイ・ネイバー)』がいかに危ういバランスで成り立っていたか。たとえ仮初だとしても、それを成り立たせるのにどれだけの犠牲が必要だったのか。かなり冷静、というか冷徹な形で描いていたと思う。「超人畜無害」な少女エイプリルをフィルターに噛ませたおかげで、より一層際立ったものになっていた。第二部開始にふさわしい開幕だったと思います。

中西鼎 『さようなら、私たちに優しくなかった、すべての人々』 (ガガガ文庫)

そうだ、燃えてしまえ。ぼくらに優しくしなかった全ての世界よ、大人たちよ、町並みよ、悲しみよ、苦しみよ、憂いよ、淀みよ、混沌よ、無秩序よ、無価値なものよ、無益なものよ、くそったれな全ての物事よ、この国よ、この世界よ、ぼくときみ以外の全てのものよ、あらゆるものが灰に還ればいいと思った。例外なく土へと戻ってしまえばいいと思った。そしてぼくらが安心して、深く息を吸える場所が出来ればいいと思った。

三年前、姉を死に追いやった七人の人間を皆殺しにしてやりたい。四方を山に囲まれた田舎町、阿賀田町。東京からやってきた少女、佐藤冥は、地元の少年、中川栞に協力を持ちかける。

陰湿で閉鎖的な田舎町。姉を死に追いやった七人を、古くから祀られる蛇神の力を借りて順番に殺害してゆく。慣れとともに速度を増してゆく殺人描写。オカカシサマのルールの裏をかき、それを正面から完全にぶっちぎるカタルシス。恋人として送るわずかで濃厚な最後の日々。復讐劇であり、伝奇小説であり、青春小説でもある。

ある人物の「クソッタレの世界」への憎悪と、「壊れた」人間の描写にはくるものがあった。ひとりの人間を完全に壊すだけの、東京への憎悪、田舎町からどこにも行けない境遇への怒りと憎しみ。作中では殺されるべき「悪」の人間の理屈だったので、読んでいる最中には気づけなかったのだけど、読み終わってから考えてしまった。地獄のような一冊だったと思います。

紙城境介 『シャーロック+アカデミー Logic.2 マクベス・ジャック・ジャック』 (MF文庫J)

「殺すんだよ、今ここで」

少年のシンプルな答えに、月読は口を開けたまま二の句を失った。

「〈マクベス〉を、殺す。そのルールを、方針を、思想を完全に完璧に攻略し、役立たずの紙切れにする。そうして、現在過去未来、すべての〈マクベス〉を同時に殺す。それができるのはオリジナルの〈マクベス〉が進行している今この瞬間、この島だけだ……!」

寮の先輩、万条吹尾奈の誘いで不実崎未咲が連れていかれたとある孤島。ある大富豪が手に入れた、犯罪王の計画書〈マクベス〉が、名のある探偵たちを集めてお披露目の推理イベントを開くのだという。その最中、探偵たちの目の前で本当の殺人事件が起こってしまう。

海とホログラムで作られたクローズド・サークルで起こった、名探偵を巻き込んだ殺人事件の真相。犯罪王のもとに集った犯罪劇団の存在。感染症のようにパンデミックを起こし、最悪の場合、世界を滅ぼしかねない犯罪計画書〈マクベス〉の正体とは。癖の強い魅力的なキャラクターに大風呂敷を広げまくり、乗りに乗ったシリーズ第二巻。探偵が社会インフラとして成立している世界において、「探偵とはなんぞ」を語った一巻に対して、「犯罪とはなんぞ」を語った巻になるのかな。小松左京の「虐殺の文法とはなんぞ」という問いかけに、「俺の答えはこれや」とばかりに投げ返した回答は見事だった。探偵小説に必要なものをすべて詰め込んだ、エンターテイメントの教科書のような一冊だったと思う。めちゃくちゃに楽しかったです。



kanadai.hatenablog.jp

桂嶋エイダ 『ドスケベ催眠術師の子』 (ガガガ文庫)

「ドスケベ催眠術師は私」

淡々とした口調、だけど、力強く。

「それを認めて」

無表情だけど、怒っているようで、悲しむようで、誇るようで。

「その賛辞も、非難も、軽蔑も、すべて私のもの」

二代目ドスケベ催眠術師、片桐真友。転校してくると同時にクラスを混乱に陥れた彼女は、佐治沙慈にとって悪夢そのものだった。なぜなら、彼の父こそが初代ドスケベ催眠術師だったから。サジは片桐に、自分にかけられた詳細不明の催眠術を解くのに協力してほしいと頼まれる。

最高のドスケベ催眠術師を目指す二代目ドスケベ催眠術師の少女と、初代ドスケベ催眠術師たる父への確執を抱えたドスケベ催眠術師の子。同級生たちの青春の悩みをドスケベ催眠術を駆使して解決し、ふたりが本当の仲間になるまで。第17回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。タイトルはこんなだけど、青春小説に必要なものがすべて揃っている。

作者本人もTweetしていたと思うけど、非常に読みやすいのも良い。ストーリーにフックが足りない気がしつつも、最後までするすると読める流れるようなテキストとキャラクター造形は本物だと思った。続きでどう出るか、楽しみにしております。