瘤久保慎司 『錆喰いビスコ10 約束』 (電撃文庫)

ミロと眼が合って、

その、あまりに深く深く、澄みきった瞳の前で、なぜか、

心臓を掴まれるように、言葉を失った。

ンナバドゥの策略により、ビスコは重症を負い、ミロは並行世界へ囚われる。宇宙母シュガーによる新宇宙出産と現宇宙の滅亡が迫りつつある。だが、生き残ったすべての生命は、魂は、諦めてはいなかった。

「――。」

「ぼくのこと、」

「――。」

「ぼくのこと、愛してる?」

誰よりも諦めの悪いふたり、ビスコとミロの、史上最大にして最後の戦い。シリーズ最終巻。今までのすべてを詰め込んだ戦いの末に訪れる、新たな宇宙の創造、涅槃、三百兆年を超える愛、宇宙の螺旋、果たされた「約束」。読み終わってみると、ガジェットやマクガフィンに留まらない、仏教的宇宙観と、ヒトの愛を一貫して描いていたのだなあ。現代の仏教パンクSFとして五指に入る力作なのは間違いない。完結まで書いてくれたこと、出してくれたことがありがたくて嬉しい。本当にお疲れ様でした。

二月公 『声優ラジオのウラオモテ #12 夕陽とやすみは夢を見たい?』 (電撃文庫)

「お願いします、歌種さん。申し訳ないとは思います。ひどいことを、と思います。それでも、あなたの演技が必要なんです。あなたの夢を――、我々に、ください」

声優として実績と経験を積んだ由美子に、「魔法使いプリティア」のオーディションの話が持ち込まれる。声優を目指すきっかけになった、十年以上続く憧れのシリーズ。千佳と乙女も同じオーディションを受けることを知り、夢に向かいますます奮起する由美子。だがその夢は意外な結末を迎える。

子供の頃に憧れた、プリティアになる夢は、思いもしない結末を迎える。高校卒業、卒業旅行、大学進学といったライフステージの変化をわりとさらっと流し、仕事と夢を描くことに重きを置いた(と思われる)12巻。十年以上続くシリーズで、世代を超えて受け継がれるもの、生まれる夢。このテーマだからこそ描ける、というかこれ以外ではなかなか描けないであろう「夢」の話だった。作者が住んでいるからだと思うけど、名古屋にやたら辛辣なところはちょっと面白かった。とても良かったです。

飛浩隆 『鹽津城』 (河出書房新社)

鹽津城

鹽津城

Amazon

硬貨にはシリアルナンバーが打刻されていない。

紙幣はそういうわけにはいかない。電子貨幣――バングルを通じた支払いなら、なおのことだ。しかし、この自販機は百円玉と十円玉は受け取ったが、それ以外の情報はなにひとつ取得していない。だれが甘酒ドリンクの代金を支払ったのか、その痕跡は残らない。

私は途方に暮れた。世界にあふれる機械の中で私の名前に関心を払わないでいてくれるのは、この自販機くらいしかないのだ。

結婚記念日のプレゼントは、贈り主にそっくりな花をつける不思議な木、「未の木」。言葉の力で世界を改変する少年の話、「ジュヴナイル」。あいまいに多重化する現実、「緋愁」。内面の世界にいる志津子と、現実を生きる鎭子、「海の指」と共通した部分を持つ「鎭子」

飛浩隆の8年ぶりの作品集。三つ(?)の物語世界が緩やかに交錯する表題作「鹽津城」と、「ハーモニー」味を感じるなめらかな現代ディストピア小説「流下の日」が特に好みだった。あえて共通したテーマをあげるなら、フィクションと現実は、互いになにを与えられるか、みたいなことになるのかな。静かで落ち着いた語りが腹と胸にしみる。とても良い作品集でした。

カミツキレイニー 『魔女と猟犬6』 (ガガガ文庫)

軍を率いた者たちは政権を奪取し、富と名声を勝ち得ることができるかもしれない。

次の世代の子どもたちは、戦争のない平和な島で暮らすことができるかもしれない。

だが実際に戦場で血を流した彼ら兵士は、これから幸せになれるのだろうか? わからなかった。グリンダには、消耗品として使用される彼らの幸せを約束できない。

内戦状態にある、花咲く島国オズ。島の要所である人工湖〈王のせき止め〉(キングズ・ダム)で、〈南部戦線〉と《エメラルド家》の戦闘が勃発した。空から迫る気球部隊、地上からは九使徒。オズの国の歴史に名を刻む最大の戦争の幕が切って落とされた。

オズの国の戦争、後編となる第六巻。「異世界」からオズにやってきた「ドロシー」の出自と、その血も涙もないヴィランの描写に本全体の1/3、〈南部戦線〉と《エメラルド家》の目まぐるしく局面の変化する局地戦に2/3という贅沢なページの使い方をしている。ページ数は一冊のライトノベルとして多い方だと思うのだけど、最後の最後までまったく飽きることがなかった。

全体的にアクションシーンが目立っていたなか、〈南部戦線〉のリーダー、“南の魔女”グリンダの苦悩は興味深かった。若くて未熟ながら魔女の力を持ち、前線の兵士と変わらぬ年齢で最前線に立たざるを得ない現場指揮官ゆえの苦悩。魔法が支配する世界でも、現実の世界でも、戦争がもたらすものと奪うものは普遍的でそうそう変わらない、みたいな。〈王のせき止め〉の戦争には一区切りがつくものの、戦争そのものはまだまだ終わる気配がないことが示唆される。下記引用部の「能天気」な結論には、ある意味で救われたような気になった。

「でも君は能天気だろう?」

「だから何……?」

「だから能天気に、考え続けるでしょ。誰もが平和に暮らせる方法を。オオカミが子鹿を食べずに済む方法を。そんなことはできない、無理だって笑われても、君は解決策を探し続ける。これから先も。それが君という人間だろう」

「…………」

「考え続けなよ、グリンダ。きっとその能天気さが、いつかこの島を救うんだよ」

そして意外なラストにはびっくりした。続きはまた変わった話になりそうで楽しみ。前の巻とあわせて、本当に最初から最後までとても楽しい一冊でした。



kanadai.hatenablog.jp

四季大雅 『クラスで浮いてる宇良々川さん』 (ガガガ文庫)

「思うに、“桜の樹の下”というのは、“月の裏側”と一緒だよ。豊かな心というものは、暗闇の奥にも世界を持っている。桜の花と根と、月の表と裏とで、ようやくひとつの世界なんだ。たとえ病に臥しても、魂は遠くまで飛んで、ちゃんと美しいものに出会えるんだよ」

親父の話はきっと素晴らしかった。でも、僕の小さな心では、まだそれを受け止めきれなかった。大きな救いではなく、小さな麻酔が欲しかった。

鳥人間コンテストへの出場を目指す郡山市立翠扇高校飛行機部の部長、ハカセこと菊地一成は、突然の交通事故に遭い、パイロットとしての出場を断念せざるを得なくなる。代わりのパイロットを探す飛行機部員たち。クラスで物理的に浮いていると噂の宇良々川りんごさんをスカウトすべく声を掛ける。

やっぱり言葉はいらなかったのだ、と僕は思う。

僕らはただ、こんなふうに踊るべきだったのだ。

昼下がりのランドリーみたいに、ふしぎに清潔な、心地よい気だるさで。

ハカセ率いる愉快な飛行機部員たちと、元陸上部員でクラスで浮いてる宇良々川さんの、奇妙で爽やかで浮いてる青春。夢と現実、存在と非存在、verbalとvorpal。直接つながっている心と世界。言葉と愛と恋。アインシュタインと原爆と福島。ひたすら書きたいことだけを力技で書いている印象もまああるのだけど、それが許されるだけの筆力は間違いなくある。

ビジュアルが強烈に浮かぶ情景描写、癖の強い飛行機部員たちの個性、迫力とリアリティの感じられる鳥人間コンテストの描写と、読むべきところは多い。おそらく劇場アニメに向いていると思う。良い小説でした。