零余子 『夏目漱石ファンタジア2』 (富士見ファンタジア文庫)

シャーロック・ホームズは世界にしっかりと爪痕を残していた。

ホームズの冒険の熱に頭の回路を焼き切られた者は数多いる。

彼らはホームズの叡智が供給されているうちは人間としての精神を維持していたが、ホームズの叡智が絶たれると、その精神を危ういものにしていった。

過激探偵愛者(ハイパーシャーロキアン)――推しであるホームズの死によって精神に異常をきたした者は、一般にそう呼称される。

禁忌の兵器、學天則を駆逐するため、夏目漱石は帝都で活動を続けていた。ある日、森鴎外から新たな學天則が伝染病研究所の地下で開発されているとの情報がもたらされる。新型學天則の開発者は北里柴三郎。學天則の脳として、漱石の英国留学時代の師、コナン・ドイルの脳が使われるという。

表現の自由のため戦う夏目漱石(体は樋口一葉)の帝都冒険アクション小説第二巻。さすがに一巻ほどのインパクトはなかったけど、一発ネタに終わらせることなく、虚と実を織り交ぜた物語を組み立てていたのは引き続き見事。1894年の香港でのペスト流行や、シャーロック・ホームズの死、留学時代の夏目漱石といった同時代の出来事を、うまいこと絡めて、エンターテイメントとしてまとめ上げた手腕は確かなものだと思う。森と北里・高木兼寛、脚気菌と貧民散布論、陸軍と海軍、それぞれの確執と対立を語るパートではまるで司馬遼太郎を読んでいるような心持ちにさせられた(皮肉とかでなく)。歴史エンターテイメントとして、本当に良いシリーズになったと思います。



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八目迷 『ミモザの告白5』 (ガガガ文庫)

自由とは、本能の奴隷で。

普通とは、価値観の押しつけで。

恋愛とは、傷つけ合うことの承認で。

何気ない言葉に隠れた暴力性に気づいたとき、息が詰まって、何も言えなくなる。

「なんも分からん……」

俺の声は、トンネルに入ったときのごおー、という反響音にかき消された。

咲馬の告白から、汐と咲馬は付き合うことになる。普通の恋人のように、ふたりは一緒に過ごす時間が増える。高二の三学期、北海道での修学旅行が近づきつつあった。

冬の北海道での修学旅行は、誰も予想しなかった方向へと向かう。帯に曰く「恋と変革の物語は終わり、新たな時代がやってくる」。ひとつの青春のピリオドを描いた最終巻。修学旅行でのアクシデント、未整理のまま赤裸々にされたいくつもの本音、「普通」に生きることの意味。からの、ラストが本当に素晴らしかった。

俺が階段だと思って上ってきたものは実はエスカレーターで、汐は息を切らしながら本当の階段を一段一段上っている……そんなイメージが頭に浮かんだ。俺がなんとなく享受している日常も、汐にとっては努力してようやく得られるものなのかもしれない。そう考えると、胸が痛んだ。

ふたりをはじめとした子どもたちはもちろんのこと、生徒たち、子どもたちのことを考えて守ろうとする先生や大人たちの確かな存在感も良かったし、何より最後の最後までトリックスターを貫いた世良の存在感も良かった。もし世良がいなかったらぜんぜん違う小説になっていた、というか話自体が動かなかったのではないかな。過不足のない完璧な最終巻だったと思います。お疲れ様でした。全五巻とさほど長い小説ではないのでみんな今からでも読んでほしい。

芝宮青十 『美少女フィギュアのお医者さんは青春を治せるか』 (電撃文庫)

「でね、書いてみたら、なんだかとっても楽しくなってきちゃって! 話を考えるのは大変だったけどわくわくしたし、キャラクターはみんな私の子供みたいに可愛く思えてさ!」

語る口調は、普段の院長様からは想像できないほど饒舌で、軽やかで。

「この小説の中の物事は全部私が作ったんだって、神様みたいな気分になれたんだ!」

医者の卵でクラスの高嶺の花、今上月子には秘密があった。《エロス大魔神》を自称して周囲から距離を取っていた黒松治にはある悲しい過去があった。月子は治に、「青春ができない病」を治すため、自分の小説のキャラクターをフィギュア化してほしいと依頼する。

他人をヒトとして認識できない少女に青春を取り戻すため、エロス大魔神は封印していたフィギュア制作を再開する。第30回電撃小説大賞選考委員奨励賞。創作論と「青春」を絡めた大筋は王道の青春小説に近いのだけど、美少女フィギュア、医療、創作論、ギリシャ神話に藤原道長に手塚治虫と、作中のモチーフは広範というよりは雑多といったほうが近い。説明も最低限、といっても説明不足というよりは読者へのある程度の信頼は感じられた。まあ、意味はともかくなぜそのモチーフを取ったのか、読んでてわからなくなるところも多かったのだが。

実は最後の一文をやりたかっただけなのでは……? という意味では田中啓文らしさもあるけど、なぜこの小説でそれを……? という疑問も湧く。「だから見せてね。治ちゃんの虫、治虫を!」ということなんだろうか。端的に言ってかなり変な青春小説でした。気にならないひとは気にならないのかな。

二月公 『声優ラジオのウラオモテ #11 夕陽とやすみは一緒にいられない?』 (電撃文庫)

歌種やすみは、夕暮夕陽をずっと追いかけていた。

彼女は今頃、千佳の背中が近付いたことを喜んでいるかもしれない。

けれど、追われる身としては――。

「あぁ――――――」

――これ以上ないほどの、恐怖だ。

高校三年の一月。卒業と変化、番組改編の季節。すれ違っていた由美子と千佳のふたりは、お互いの進学先を聞けずにいた。声優業界に居続けるとしても、同じ高校の同じクラスという環境からの卒業に漠然とした不安を覚える由美子。そして、千佳は由美子の成長に焦りを感じ始めていた。

受験、高校卒業と大学進学。先輩たちを追う立場から、後輩たちに追われる立場へ。人生の大きな節目に、「成長」と「変化」を重ね合わせて切り取った11巻。学校という、特別で特殊な環境と、声優業界というこちらも特殊な社会の、似たような大きな違い。自分は前に進んでいる、でも前に進んでいるのは自分だけじゃないという恐怖。やっぱりノリノリで書いてるよね。青春ものでアイドルもので、なおかつお仕事小説に求められるものをすべて詰め込んだような小説だと思ってます。



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二月公 『声優ラジオのウラオモテ DJCD』 (電撃文庫)

三十分しかないラジオ番組、その中のさらに数分のために、こんな労力と時間を使う羽目になるなんて。

だから、誕生日プレゼントなんて面倒くさいのだ。

そう思いながらも。

この時間は、そこまで悪くないと感じていた。

「あたしはもう、見てしまったんだよ。泣きながら、ボロボロになりながら、悩みながら、だれかに嫉妬しながら。そんな今までがあるから――、到達できる演技があるってことを」

声優事務所マネージャー、加賀崎りんごがこの業界に入るきっかけとなった、自分を業界に誘い、先に去っていった先輩。やすみの誕生日ラジオ回。バカのサンドイッチにされた柚日咲めくる。本編の裏側とスキマにあった出来事を描くスピンオフエピソード集。本編を補完しつつ、脇を掘り下げる。手法はオーソドックスだけど10巻同様ノリノリなのが感じ取れてよかった。



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