比嘉智康 『命短し恋せよ男女』 (電撃文庫)

「わたしね、幼いときから。出会ったばかりの人からは特に、内面的なことをね、褒められがちなんだ。ほのかちゃんはまだ小っちゃいのに、病気と闘っていて偉いね。病気に負けないで強いね。…………でもわたし、なにも偉くなんかないし、強くなんかないのに。こうとしか生きられないから、生きてるだけなのに」

「…………」

こうとしか生きられないから――。

ふんわりしたほのかの声で聞いたその言葉は、俺の心に永く残るだろうなと思えた。

「全身性免疫蒼化症」で余命一年を告げられた中学生の石田好位置は、入院した病院で恋に恋する少女、穂坂ほのかと出会う。子供の頃から病院で過ごし「ひとりぼっちだったと思われて死にたくない」と言うほのかのため、好位置はふたりでカップルYouTuberの活動を始める。

僅かな余命のもと、カップルYouTuberとして創造と執念の中で生きていた。全員余命宣告済み、病院で繰り広げられる中学生たちの四角関係ラブコメ。主人公たちを中学生にしたのが非常に良い塩梅だったと思う。ヒトとして未成熟だし、死への実感が薄いためか、悲壮感が弱く、それでいてしっかりとした生命力がある。なんというか、テーマの割に良い意味で「普通」のラブコメだった気がする。都合よく解決したようなラストから、まだ二転三転はありそうに思えるけどどうだろう。期待しています。

谷山走太 『終末世界のプレアデス 星屑少女と星斬少年』 (電撃文庫)

誰かにすがっても、どれだけ否定されても、無謀だと笑われても、構わない。

僕は姉さん以上の星輝剣(スターライト)の使い手になりたい。

姉さん以上でなければ、僕が生きている意味はないのだから。

はるか昔。空から落ちてきた星屑獣たちによって、人類は地上を追われ、星浮島(ノア)に生活の場を移していた。星屑獣との戦いで命を落とした姉を継ぎ、地上を取り戻す。英雄志望の少年、リュートの前に、空から一人の少女、カリナが降ってくる。

滅びつつある世界、英雄になりたい少年と星から落ちてきた少女のボーイ・ミーツ・ガール。一直線が故に近視眼で、まったく融通が利かない男の子の失敗と成長を描く。王道、あまりにも王道。不器用で自分勝手、未完成な子供らしい視点に、よく言えばじりじり、悪く言えばイライラもさせられたかな。王道のテーマに乗せた、等身大の少年の物語だったと思います。

林星悟 『ステラ・ステップ2』 (MF文庫J)

「……レイン……あんたは……アイドルよ……!」

「う、うん……そうだよ」

「アイドルが……道具が。持ち主を無視して勝手な真似しないで……!」

戦舞台(ウォーステージ)に敗北したレインとハナは「砂の国」から「鉄の国」に移籍することになる。選抜メンバーの「(クロガネ)組」に配属されたレインと、候補生の「(アラガネ)組」に配属されたハナ。離れ離れにされたレインは、苦悩しながらも、かつての敵国のために道具として、兵器として、歌い踊り続けていた。

自由を奪われ、感情を捨てて、少女たちは〈兵器〉(アイドル)となる。あまりにあんまりな「特訓」に、強烈な精神論を叩き込むレッスン、恐怖でアイドルを、国を支配する総帥。読んでいてどことなく「魁!! 男塾」を思い出した、シリーズ第二巻。そもそも、兵器でもありエネルギーでもあるアイドルは、人間である必要はあるのだろうか? 人間でなければできないことなのだろうか? というのを、オーバーなくらい抑圧的に、閉塞感をもって描いている。この閉塞感は果たして打破できるものなのだろうか。続きを待ちたいと思います。

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斜線堂有紀 『回樹』 (早川書房)

回樹

回樹

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映画の世界は縮小再生産だ。一〇〇年経って面白い映画は作られなくなり、人々は映画に対して諦めに近い感情すら覚えている。魂というものを信じるほど映画がつまらないなんて、本当に恐ろしい。でも、それが真実だったとしたら? 映画には霊があり、自分達のような見にくい懐古の徒が、未来の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を殺しているのだとしたら?

私は少し考えてから、言った。

「だとしたら、人間は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だけ観てればいいんだ」

死体を飲み込みその愛を引き受ける謎の巨体「回樹」。言葉を骨に刻むという、何の役にも立たない技術が人々にもたらしたもの「骨刻」。「映画の魂」の輪廻転生を描く「BTTF葬送」。すべての死体が不滅になった世界で、死体はどのように扱われるか「不滅」。1741年、貧乏白人と黒人奴隷の酒場に宇宙人が降り立つ「奈辺」。「回樹」と対をなす愛の物語「回祭」。六篇を収録した短篇集。「愛」と「埋葬」が共通するテーマと言っていいんだろうか。トンチキなアイデアからここまで切なく、ここまでの数の絶望的な「愛」の物語が生み出せるのはほんとうに恐ろしい。この本を象徴する書き下ろしの「回祭」と、ひとつ毛色が違う「奈辺」が好きだな。間違いのない傑作短篇集だと思います。

藍内友紀 『芥子はミツバチを抱き』 (角川書店)

「平和を作るミツバチ? 世界が平和になればミツバチは不要になる? なるわけないじゃない。実際、そのミツバチを作るために、ヒエムスは犯罪で資金を得ていたんだから。あたしはね、平和なんて大人が作ればいいと思ってるの。子供を動員して作るものじゃない。だから子供を使って平和を作るとか言う連中なんて、焼けてしまえばいいんだよ」

あの村のように。

日本人の父と南アフリカ出身の母を持つ小学五年生の少年、唯イェリコは「ガイジン」として奈良の田舎町で疎外され不登校に陥っていた。イスタンブールで開催されるドローンレースにリモート参加したイェリコだったが、そのレースの最中、ドローンが観客の集まる市場で爆発する。

ドローンテロの道具として利用され、あっという間にネットに個人情報が拡散され行き場のなくなったイェリコは、「平和」をめぐる大人たちのエゴと争いに巻き込まれる。兵器として作られたドローンと、その操り手として幼い頃に脳に生体コンピュータを埋め込まれた生体兵器ミツバチ。ミツバチを利用して、ミツバチのない「平和」な世界を目指す組織ヒエムス。数年をかけて世界中をめぐり、あらゆる国籍、あらゆる人種の少年少女に触れ、戦争と平和の理不尽を描く。

世界各地での食事が、エキゾチックで多国籍、無国籍な物語の雰囲気に一役も二役も買っていた。目次を見て「食べ物地図」って何よと思ったら本当に食べ物地図でしたね。描写は詳細だけど、単純に「おいしそう」とはならないのもこの小説の味よね。物語の始まりであり、裏切りと復讐の象徴であり、体と心を蝕む毒でもあり安らぎをもたらす薬でもある、という「芥子」の薫りが通奏低音のように全体に漂っていた。味と薫りの小説でもあったのだと思う

あくまでも子供たちを中心に置き、大人たちの動きは最低限しか語らない。少年兵や紛争といったものから一線を引いた、独自の雰囲気を生んでいたのだと思う。守られて騙されて使われるだけの存在でなく、子供たちは子供たちで考えて行動しているのだ。小学生の年齢なのに女難がすぎるイェリコにもハラハラさせられた。良い小説でした。