瘤久保慎司 『錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す』 (電撃文庫)

錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す (電撃文庫)

錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す (電撃文庫)

  • 作者:瘤久保 慎司,mocha
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/10
  • メディア: Kindle版

「私……いや、オレはな。オレは今、『ジョン・ウィック』で犬を殺されたキアヌ・リーブスより悲しいよ、赤星……」

九州の地を襲った巨大な陸地.それは,日本最北の大陸だと思われていた超巨大海獣,北海道だった.ミロと,紅菱の王によって子供の姿にされてしまったビスコのふたりは,北海道に呑み込まれる.

北の巫女に導かれ,一族の住む海獣の膵臓へと向かう.大陸と思われていた北海道は超巨大海獣だった! 見開き2ページで解剖図をドーン! 有無を言わせぬパワー溢れる導入の,シリーズ第五巻.アクションの痛快さはド安定,ビスコとミロのイチャイチャも健在.そしていちいち魅力的でぶちのめし甲斐のある悪役の数々.舞台が舞台だけに探検小説の趣もあるかな.「生き方の模索」がテーマだったと著者が言うとおり,迷い間違える敵役というのはこのシリーズでは珍しいかもしれない.今回も楽しかったです.

「証明してくれたもの、あの人。魂が強ければ、身体は関係ないって」

テッド・チャン/大森望訳 『息吹』 (早川書房)

息吹

息吹

  • 作者:テッド・チャン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: 単行本

探検家よ、あなたがこれを読んでいるいま、わたしはとうの昔に死んでいるが、それでも私は、あなたに別れの言葉を贈ろう。存在するという奇跡についてじっくり考え、自分にそれができることを喜びたまえ。わたしにはそう伝える権利があると思う。なぜなら、いまこの言葉を刻みながら、わたし自身がおなじことをしているからだ。

知識を探求することの面白さと尊さを短いページで語る「息吹」がやはりベスト.AIであるディジエントと,ふたりの開発者を中心に,テクノロジーの進歩と社会の変化のサイクルを描く「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」.すでに終わっていたファーストコンタクトと,その陰にある愛情を描く「大いなる沈黙」は個人的にはとても好きな短編.あらゆるライフログが保存され,自由に検索できるようになった社会における「思い出」と人間関係を語る「偽りのない事実、偽りのない気持ち」「商人と錬金術師の門」「予期される未来」「デイシー式全自動ナニー」「オムファロス」「不安は自由のめまい」と,いずれ劣らぬ傑作揃いの,テッド・チャン17年ぶり2冊めとなる短編集.読み終わってみると,あまりに現代的で,思いのほか人間くささに溢れた作品集でありました.


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折輝真透 『それ以上でも、それ以下でもない』 (早川書房)

それ以上でも、それ以下でもない

それ以上でも、それ以下でもない

  • 作者:折輝 真透
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本

これが自分の導いてきたサン=トルワンの姿か?

そんなわけがない。

私はどこで間違えたんだ?

1944年.ドイツ占領下にあるフランスの小さな村,サン=トルワンで,墓守の家に匿われていたレジスタンスの青年が何者かに殺された.村人の混乱を恐れたステファン神父は,ナチスに襲われた村に死体を捨てることで殺人の隠蔽をはかる.それから間もなく,村にSSが現れる.

戦争がもたらす混乱から村を守ろうとした神父の孤独な葛藤と,その末にもたらされた悲劇.第9回アガサ・クリスティー賞受賞作.第4回ジャンプホラー小説大賞金賞受賞作「マーチング・ウィズ・ゾンビーズ」とのW受賞デビュー作.「マーチング~」と同様の落ち着いた文体から,どうやっても振り払えそうもない,粘り着くような絶望感と空虚感を静かに描いてゆく.文体もだけど,キャラクターの個性づけもどことなく翻訳小説っぽさが強い気がする.

村にSSが現れたあたりがピークになるのかと思っていたら,本当の絶望はそのあとに来るという.戦争で壊れてしまった小さな村で,人々が復讐と私刑に走る様も,ナチスに燃やされることのなかったパリを燃やしたのは同胞だった,という皮肉も悲しい.登場人物たちの名前の見分けがつきにくく,巻頭の人物一覧と行ったり来たりしながら読んだのだけど,選評でも同じことを言われていたのでちょっと安心した(安心することではない).重くて辛い小説ではあるけれど,とても良いものでした.



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こまつれい 『101メートル離れた恋』 (講談社ラノベ文庫)

101メートル離れた恋 (講談社ラノベ文庫)

101メートル離れた恋 (講談社ラノベ文庫)

――私は、私の存在を、あなたに許してほしかった。

男子高校生の浅田ユヅキが目を覚ますと,女の子の姿をした人形の中にいた.天才人形師,朝霧キョウコが作り出した世界最高クラスの美少女オートマタ,セブンスとして,あらゆるサービスに従事することになったユヅキは,元の世界に戻るあてもなく徐々に消耗していった.そんなある日のこと,依頼先で引きこもりの少女,イチコと出会う.

目覚めたらそこは魔法の世界で,俺は美少女オートマタになっていた.第8回講談社ラノベ文庫新人賞大賞受賞作.人権を持たないオートマタは,人間からありとあらゆる行為を要求される.ふわっとした「魔法の国」という言葉と,ドタバタした印象の世界はあっという間にひっくり返り,別の倫理観を持つだけの,元の世界とそっくりな世界であることが明らかになる.序盤は特に「JKハルは異世界で娼婦になった」の変奏のような印象で,百合SFというよりはジェンダーフリーSFとか,肉体と精神の関係の話なのかな……,と思って読んでいたらラストで目から鱗が落ちた.「SF」をこう使うのか,と.なるほど,これは「百合」で「SF」だ.

単なるテーマだけでなく,一人称が「俺」から「私」に変わるところや,「男らしさ」,「女らしさ」の所作も,できる限り丁寧に描こうとしているのは見て取れる.あらすじが公開されてから「これは百合ではない」とツッコミを受けていたのは見てたのだけど,ツッコミを入れていた人々を置き去りにして,一歩だけ未来に進んだ物語になっていた,と思う(宣伝の仕方が悪いともいえる).予想をはるかに上回る.良かったです.

根本聡一郎 『宇宙船の落ちた町』 (ハルキ文庫)

宇宙船の落ちた町 (ハルキ文庫)

「三万円で手に入る科学的に正しい情報は、無料で手に入る感情的にほどよいデマに叶わなかったんだね。この国で科学を信じてる人って、あんまり多くないから」

何もない田舎町,宇多莉町で生まれ育った青砥佑太は,14歳の夏,巨大な宇宙船の墜落を目の前で目撃する.それから10年.宇宙船に乗っていた九百二人のフーバー星人が地域社会に溶け込みつつある一方,避難区域となった宇多莉町から近隣の大都市・舞楼市に移り住んだ佑太は,フリーターとして無気力な日々を送っていた.

宇宙人と地球人,多数派と少数派,共生と差別,都会と田舎,被災地とそれ以外.現代の日本で起こっているリアルな分断と,サブタイトルをつけるなら「押しかけ女房はアイドルで宇宙人!?」みたいなストーリーが,不思議なレベルで入り混じっている.シンプルなんだけどハイコンテクスト,そして描かれるものはどがつくストレートで,読後感はなかなか複雑.

国民的アイドルで宇宙人でもあるヒロイン・常盤木りさの存在が重くなりそうな話を救っていたのだと思う.いやみがなくちゃんとかわいいし,いるだけで融和の象徴としての存在感があり,読みやすさまで付与してくれる.結果として,楽観的というか希望的観測にあふれた小説になっている印象はあるのだけど,現状を見て楽観的にならなきゃやってられるか,みたいな気持ちはよくわかるのよね.「コメリ」や「東スポ」はともかく,「自民党」と「民主党」まで実名で書くのは作者の矜持が感じられた.良かったです.