ウィリアム・ランデイ/東野さやか訳 『ジェイコブを守るため』 (ハヤカワ・ミステリ)

ジェイコブを守るため (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ジェイコブを守るため (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

陪審員には“事件という物語”を、大詰めにいたるまでの物語を聞かせなくてはいけない。事実だけでは充分でない、それらをうまく使って物語を紡がなくてはならないのだ。陪審員が“この裁判の要点はなにか”という問いに答えられるくらいにまで。その答えを用意できれば勝てる。要点を絞ってワンフレーズで、ワンテーマで、さらにはひとことで表現するのだ。そのフレーズを彼らの頭に叩きこめ。それが頭にこびりついた状態で陪審室に引きあげさせれば、評議を始めようとひらいた彼らの口から、その言葉がこぼれ出ることだろう。

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マサチューセッツ州の検事補アンディ・バーバーは,ある公園で14歳の少年が刺殺される事件を担当することになる.捜査の過程で,アンディの14歳の息子,ジェイコブ・バーバーが容疑者として逮捕されてしまう.捜査担当を外されたアンディと,その妻ローリーは,息子の無実を証明するための行動を始めるが,その行方には大きな暗雲が立ち込めていた.
元検事補である作者が描くリーガル・サスペンス.息子が刺殺事件の容疑者にされてしまったことによる両親の混乱が痛い,どころか気持ち悪いくらいに描かれる.裁判に勝つための材料として精神科医はともかく,アンディの家系が暴力的な遺伝子(「殺人遺伝子」)を持つものして過去を掘り起こすなど,裁判の結果いかんに関わらずすべてのひとが消耗していく.いわゆる「真実」を追おうという姿勢はそこにはなく,すべては勝つか負けるかだけを目指して進む.そして,登場人物は誰も法を信じていない.このあたりの描写にある気持ち悪いくらいの説得力は,現場に立っていた作者でなければ書けない視点だと思う.被告という立場にいながら挑発的な行動をとったり何を考えているかわからないジェイコブと,極端に衰弱していくローリーに挟まれてだんだんおかしくなっていくアンディ.裁判の結末から,物語のラストまでは怒涛の展開,伏線がしっかり仕込まれていたことは読み終わってわかったのだけど,読んでる最中は正直このラストはまったく予想できなかった…….すごい作品でした.